安っぽいことに満足せず、夢の中を生きようよ。[49/1000]

東京、立川のマック!20時をまわります!

1000日投稿49日目。あと4時間で仕上げなければ記録が途切れてしまう・・・!

 

私は普段20時には寝支度を終えて、21時には夢の中にいる。

くっ・・・早く寝たいが、書かねばならぬ・・・!

 

頑張るぞ!1時間、、、いや、2時間で仕上げる!

 

 

友人の招待で、井本陽久さんが主宰する、いもいも教室に遊びに行った。

いもいも教室は、森の中の学校みたいな感じで、自然の中で、子供たちは思い思いに遊び、生きた知恵を身に着けている。

 

私がオーストラリアを横断するとき、友人が井本先生に私のことを話し、ご自身の著書に、直筆の応援メッセージをいただいたことがあった。

遊びにおいでと言われていたが、心の調子が芳しくない時期がつづいており、元気がない状態で行くには相応しくない場所だと感じていた。

 

1か月ほど前、再び声がかかり、元気だった私は「行く!」と即答し、今日を迎えた。

 

 

いもいも教室では、時間の大半を、子供と川の冷たい水をかけあって過ごした。つるにぶら下がれば、ターザンごっこもできるいい場所だった。

私が先陣をきってターザン風の雄たけびをあげながら、つるで、水の上を疾走した。子供たちも後につづいたが、高さが足りずに、みな見事に、水の中に落ちていった。水は冷たく、いちいち悲鳴をあげる様子を皆で笑った。

 

夏とは思えないほど水は冷たく、30分もすると、両腕が鳥肌だらけになって、指先の感覚もなくなる。

私は早々に焚火に逃げたが、子供たちは寒い寒いと言いながらも、なんだかんだ、ずっと水の中にいる。

 

 

この事実を目の当たりにして、悔しいが、ちゃんと俺は老いてるなと思った。

水遊びよりも、身体を温めたくて仕方がなかったのだ。

 

人は歳をとるにつれて、感覚の奴隷になるのだと思った。

そして感覚の奴隷になればなるほど、夢中になる経験からは遠ざかってしまうのだと思った。

 

私はブログで「さみぃ~~!って言いながら焚火にあたれたら最高だぜ!」みたいなことをよく言っているけど、子供にとっては、寒み~~~とか、焚火が温っけえ~~~とかは、二の次なのだと思う。

それよりも重要なミッションは、今、目の前にある川で遊ぶこと!!!楽しいことして、目の前の世界そのものと1つになること。

 

夢中になるとは、そういうことだろう。

感覚は現実にある。だから、感覚の奴隷になっている間は、夢の中に入ることはできないのだ。

 

冷たいとか、痛いとか、暑いとか、腹が減ったとかいう感覚は、手前にある。

夢中になれることは、もっと奥にある。楽しそうとか、おもしろそうとか、官能的な部分ではなく、純粋な好奇心の中にある。

 

大人になれば経験を重ねて、視野は広くなるかもしれない。

しかし、甘い蜜の味をたくさんおぼえれば、感覚に対する射程はどんどん短くなり、奥にある好奇心に届きにくくなる。

 

この射程は長く持ちたい。小っちゃな射程で満足せず、遠くまで遠くまで飛ばしたい。そんなことを願う。

 

 

 

井本陽久さんが、参加者の親を集めて、談話をするという。面白そうだったので、私も参加することにした。

 

一人の親が、「自分の子供が先生に反抗し、学級崩壊の原因になっている。先日5者面談を行った」という話をした。井本陽久さんが、それについて考えを述べていく。

井本陽久さんは、教員としてNHKのプロフェッショナル仕事の流儀に出演したことがあるお方で、参加者の親は、井本先生の考えを学ぶために、頷きながら、真剣に話を聞いている。

 

私は「子供が先生に反抗した」と聞いて「子供、ナイス!」と思ったくらいで、そもそもこの話に問題があるようには思わなかった。我々の後ろで、今、子供が元気に遊んでいるのだから、それが答えじゃないかと感じていた。

 

しばらく黙って話を聞いていた。親たちは親たちの視点から、色々意見を交えていく。しかしこの話も、意味あるのかなぁ〜と感じていた。

親たちが前提とする視点が、子供のいないところで、親たちが勝手につくりあげた空想のように感じて、その空想の中で、いくら議論を交えても、空をきっているような感覚だった。

それよりも俺たちの後ろにいる子供を見ようぜ。子供とマジな話をしようぜ。答えはそこにしかないじゃないか、とずっと感じていた。

 

 

「この子はこうだから大丈夫!」みたいな話になったので、「どこまでの子供が大丈夫で、どこからの子供が大丈夫じゃないのですか?」と初めて質問をしてみた。

 

「ああ、確かに・・・どこまでが大丈夫で、どこからが大丈夫じゃないんだろう」みたいな空気になったので、立て続けに

「未来を憂慮すれば、大丈夫じゃない理由なんていくらでもつくれる。これをしなかったら受験に落ちるとか、あれをしたら素行が悪くなるとか、大丈夫じゃない理由は無限に生まれる。だから、今を見るしかない。今の子供をみて元気だったら、それで大丈夫ということでいいのではないか」

みたいなことを言ってみた。

 

言いたいことをようやく言えて、ちょっとすっきりしていた私に、あなたが先生だったらよかったのに、と参加者の親が言った。

違う・・・。今の子供だけじゃなくて、今の先生も見るんだ!今そのままを見れば、問題は、問題ではなくなるのだ、と思ったが、これは言えなかった。

 

きっと、親さんたちは、子供が大切すぎるあまり、夢中になりすぎるのだろうなって思う。

こうして好き勝手言う私も、親の立場になれば、子供のことを真剣に考えるようになって、今に対して少なからず盲目になるだろう。

 

子供とは、それほどまでに夢を見させてくれる存在なんだろうか。私は子供を持ったことがないので分からない。

しかし少なくとも、夢中になってくれる親を持ったこの子たちは、きっと親のことが大好きなんだろうなと思う。

親と子のやり取りをみながら、愛はテクニックじゃないよなぁと感じていた。

 

そんなことを感じた、いもいもの1日でした!

 

 

22時50分!50分オーバー!うむ、、、こうなることは、知ってたぜ・・・。

だが、なんとか記録は途切れず、間に合った・・・!

 

ようし、やっと寝れる・・・。と思ったが、これから移動して、寝る場所確保しなければ・・・!

明日は、山梨に戻る!3日ほどだったけど、東京ともお別れ!

 

というわけで今日はこの辺りで!

また明日!ばいばい!

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あなたとの出会いを心から待ち望んでいます!

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ABOUTこの記事をかいた人

孤独が大好きで、24時間内省している人間。 「自分」を大切に生きることについて模索し、「自分」を生きることに全うしている1人の挑戦者です。 日々の学びが、誰かのためになればと思ってブログ書いています!