取り越し苦労よりも先取り苦労を[113/1000]

世界と繋がって華やかに活躍している人間にはない安心が、陽の目を浴びずとも孤独に淡々と生きる人間にはある。

そんなことを感じる日は、いつも生の衝動に息苦しさを感じていて、言葉にならない死の静寂と重みが欲しくなる。そしていつも、宮沢賢治の「雨にも負けず」を朗読したくなる。

 

山梨の小淵沢でテント生活をしていたときは、大雪や台風の中、寝袋にくるまりながら、「雨にも負けず、風にも負けず…」と呪文のように繰り返し唱えていた。それから時が経ち、「1日に玄米4合と味噌と少しの野菜を食べ」という一節に影響を受けて、玄米をモリモリ食べるようになった。

「皆にデクノボーと呼ばれ 誉められもせず苦にもされず そういう者に 私はなりたい 」というラストも好きで、誰かに向けてなりなさいと言うのではなく、私はなりたいといった。私はなる、でもなく、なりたい。

 

うまく言葉にできる語彙を持ち合わせていないけど、何度読んでも、勇気をもらう。人に賞賛されずとも、飾らない命にある、そのままの美しさを思い出しているからなのかな。

 

精神修養 #22 (2h/54h)

動じない。胡坐を組み、背筋を伸ばして、ただ真剣に、呼吸に集中する。

人の足音が聞こえても、茂みがガサガサと音を立てても、熊除けの鈴がチリンチリンと音を鳴らしても、動じない。ひたすら呼吸に集中する。

呼吸への集中の練度が高まるにつれて、外で何かが起きても、呼吸から意識を逸らさずにいられる。呼吸に集中している間は生にも偏らず、死にも偏らない状態でいられる。

 

雨がよく振り、屋根を打つ。雨音の中の呼吸は、いつにも増して集中できる(気がする)。

雨粒と思考は同じだと思った。1つ1つの雨粒と、1つ1つ生ずる思考は、入口が違うだけで感覚としてみれば、同列のものである。

そんなことを、思考と雨音が入り乱れる時に感じた。思考が屋根を打つ雨粒のようで、雨粒が内側にわく思考のようだった。思考と雨粒が交互に入り混じっていた。

感覚が生じる入口が異なっていても、内側に入ってしまえば同じ信号となるのだと知った。

 


隆慶一郎著「死ぬことと見つけたり」を引き続き読んでいる。ようやく上巻の半分まできた。

時代小説を読むのは初めてで、分からない単語が登場する度に、意味を調べているので進みは遅いが、かなり面白い。

朝、目が覚めると、蒲団の中で先ずこれをやる。出来得る限りこと細かに己れの死の様々な場面を思念し、実感する。つまり入念に死んで置くのである。思いもかけぬ死にざまに直面して周章狼狽しないように、一日また一日と新しい死にざまを考え、その死を死んでみる。新しいのがみつからなければ、今までに経験ずみの死を繰返し思念すればいい。不思議なことに、朝これをやっておくと、身も心もすっと軽くなって、一日がひどく楽になる。考えてみれば、寝床を離れる時、杢之助は既に死人なのである。死人に今更なんの憂い、なんの辛苦があろうか。世の中はまさにありのままにあり、どの季節も、どんな天候も、はたまたどんな事件、災害も、ただそれだけのことであった。楽しいと 云えば、毎日が楽しく、どうということはないと云えば、毎日がさしたる事もなく過ぎてゆく。まるですべてが澄明な玻璃の向うで起っていることのように、なんの動揺もなく見ていられるのだった。己れ自身さえ、その玻璃の向うにいるかのように、 眺めることが出来る。

隆慶一郎. 死ぬことと見つけたり(新潮文庫)

 

取り越し苦労という言葉がある。どうなるかわからないことをあれこれ心配すること。葉隠武士が、朝から自分の新しい死にざまを考えて、入念に死んで置くというのは、本質的には違えど、苦しみを先取りするという点では似ていると感じた。

この2者の違いは、苦しみが向こうからやってくるのか、自分から先に取りに行くのか、ではないかと思う。前者が「取り越し苦労」なら、後者は「先取り苦労」だ。そして自分から取りにいく苦しみは、取り越し苦労とは異なり、自ら苦しみに飛び込むことができる。前もって、身体中で味わい尽くすことができる。

 

過去の傷は、言葉にすることや涙を流すことで浄化されるというが、同じことを未来に向かってすることもできるのだと思った。これから起こりうる苦しみ、その中でも最大の苦しみである「死」を先に体験してしまう。やってみるとかなり怖い。

ちょっと想像するくらいじゃ、死人(しびと)にはなれない。「入念に」という言葉があるように、リアルに、五感を使って、感情とともに味わい尽くすから、生への執着が薄れ、肝を据えて堂々といられるのではないか。

 

取り越し苦労をするくらいなら、その先に起こる最悪な事態を想像して、入念に先取りしてしまうことは、今日にも使える1つの教えかもしれない。

引きつづき、生と死のテーマの探求はつづく。

 

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