人間は自分よりも大きなものにしか命を擲つことができない、いい意味で、傲慢な存在ではないだろうか。[475/1000]

大分寒くなってきたが、ちゃんと暖はとっているか。ちゃんと湯船に浸かっているか。ちゃんと温かいものを食べてるか。

 

私のほうは最近、熱々の玄米がゆを食べることで、湯船に浸かるに匹敵するほどの熱量を獲得できることを発見した。これは森に暮らしており、湯船に浸かれない私にとって革命的な発見である。

 

熱源にふれることと、熱量を獲得することは別物である。服をたくさん着こんでも身体の芯は冷えたままであるし、ストーブの近くにいても表面しか熱されない。湯船に浸かることは、もっとも効果的に内側から体を温める方法であるが、なんと、熱々のお粥を食べることは、それに匹敵するのである。(あくまで私の所感である)

 

まず、惜しみなくグツグツさせて、トロトロになるまで煮込む。これは一つのポイントで、惜しみなく加えた熱は、大気に逃げていくように見えるが、実は、お粥のなかに閉じこめられていくのだ。それが「トロトロ」である。そして、ささやかな愉しみとして、かきまぜた卵をひとつ落とす。あとは適当に塩を加えれば、シンプルかつ最強のお粥の完成である。

もし、体も心も冷え切っているときは、このお粥を食べると良い。

 

【書物の海 #5】・小説 吉田松陰, 童門冬二, 集英社文庫 (途中)

松陰は自分のこういう行為を「猛」あるいは「狂」と名付けている。そしてこの「猛」や「狂」をおこなうときは、それがどんな小さなことでも彼は必ず死を覚悟した。つまり、命懸けなのだ。かれは、

「死の淵に自分を放り込んでこそ、生きる道が得られる」

と考えていた。言葉を換えれば、

「死を覚悟するほどの緊張感がなければ、本当のことはできない」

と信じていた。

 

黒船がやってきて、日本が鎖国を解こうとしているとき、吉田松陰は自分の眼でアメリカを見るために、小舟を盗んで、アメリカ軍艦に忍び込んでいる。吉田松陰は攘夷論者であったが、アメリカとの戦いに備えて、敵のことを知らねばならぬと思った。そして、現代でいうスパイを試みた。小舟で軍艦に近づき、船内に忍び込めば、そのままアメリカに連れて行ってもらえるだろうという、若さと勢いの作戦だった。

 

軍艦に忍びこむことには成功したが、そのままアメリカに連れて行ってもらえるほど甘くはなかった。結局、陸地へ追い返され、幕府にも国法を破ったことを知られ、罪に問われることになる。死罪が濃厚であったが、国のために必要な人間だという老中の判断によってぎりぎり免れる。

 

過去にも藩の掟を破り、脱藩同然で東北に旅に出たことがあった。当時も吉田松陰を動かしたのは、憂国の情であった。異国船が東北を脅かしていると聞いて、その実態を自分の眼で見に行こうとしたのだ。帰国後は当然罪に問われ、武士の身分と世録(今でいう給料)を取り上げられている。

 

「死ぬ気で」とか「死を覚悟して」と言葉にするのは容易いが、吉田松陰の話をきくと、文字どおり死を覚悟していたらしい。時代柄もあるだろう。当時は今よりも、死が身近である時代であったし、武士道精神も残っている。しかし、それ以上に「自分よりも大きな存在」としての、日本があったことが大きいと思う。

人間は自分のために命を擲つことができるほど、小さくつまらない存在ではないと思う。言葉を換えれば、自分よりも大きなものにしか命を擲つことができない、いい意味で、傲慢な存在ではないだろうか。だから、自分が大きくなるほど、そういう生き方はむずかしくなる。

 

彼らに損得勘定がいっさいなかったと問われれば、けっしてそんなことはないかもしれない。もちろん、身分や世禄を捨ててまでの行動を思うと、物質よりも名誉を重んじていたことは確かである。しかし、霊性文明を思えば、自分の命を擲つにふさわしい、霊的な価値を天秤にかけていたかもしれない。

ただここまで書いて、葉隠の「図に当たらぬは犬死などというは上方風の打ち上がりたる武道なるべし」という言葉を思い出した。つまらないもののために死んだら犬死だと考えるのは、都会風の考え方というように、実際にそういう武士もいたであろうが、そもそも天秤などという考え方が、卑しいものかもしれない。

 

まだ通読できていないが、既に涙するところは多い。私は本を読む速度がとてつもなく遅く、(おそらく日本人の平均を大きく下回る)通読するまで、まだ数日かかりそうであるが、すべて読み終えたら、もう一度ここで触れてみたい。

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