魂が死に行くならば、岩の上で眠りたい。[270/1000]

魂が死に行くならば、岩の上で眠りたい。

痛みとあれこそ草枕、凍えて丸まり陽を望む。

我が身体は粗野にして、大地に涙を流せよう。

孤独な時間はついに去り、世界に慈悲が降り注ぐ。

眼光は陽を貫きて、諸行無常の世に幸あれ。

 

 

分不相応にも、スポーツ選手が遠征で使うような、上等なマットレスで眠っていた。

鬱になった後ぐらいから、毎日夜中に何度も目を覚ますようになった。ある方の家に泊まらせて頂いたとき、使わせてもらった布団で眠ったところ、何年かぶりに、ぐっすりと眠れた。大きな感動に包まれて、この布団はなんだと聞いて、後日、同じものを手に入れた。しかし、今思えば、ぐっすり眠れたのは、布団のおかげもあったかもしれないが、このお方の心配りのおかげで、安心できたことの方が大きかっただろう。一人になると、再び夜中に目を覚ます日々がつづいたのだ。

 

前にも書いたように、私のような粗野な人間にとって、こうした上等な品は分不相応であった。それ以上に、関大徹老師の「食えなんだら食うな」を読んで、禅僧の厳しい生活を思い知るうちに、眠ることに貪欲であった自分を恥じるようになった。

私は眠りにつこうとしていた。そのときである。耳許で鋭くささやく人があった。

「あなたは、ちっとも夜坐に出ないではないか。なぜだ。」

私は愕然とした。急いではね起き、その人の後を追った。私は「夜坐」というものを知らなかった。実をいうと、それまで毎晩、消灯後になると、ごそごそと外に出る人の気配を感じて、これほどの専門道場でも夜遊びにうつつをぬかす者があるかと、なかば心外に思い、なかば呆れていたのである。その正体が、なんと「夜坐」という、日課外の修行だったのである。

(中略)

なお、おどろいたのは、正眼僧堂では、入堂いらい何年というもの、一夜として僧堂の中で夜を明かしたことがないという命知らずがすくなくないということであった。文字どおり「不惜身命」である。雨の夜も風の夜も、大地が凍てつくような極寒の夜も、雪の中でさえ平気で坐りつづけてきた人たちに、いま自分が仲間入りしたということは、身のひきしまるような思いであった。

(中略)

もちろん、徹宵といっても、まったく眠らないわけではない。

修行僧も一個の肉体があるかぎり、生理という因業なものからは逃れられない。ことに、昼間は過激な作務(労働)をしている。疲れはひどい。したがって、無意識のうちに眠りに落ちているものである。

しかし、それは眠るために眠るのではなく、つまり、いまのうちにぐっすり寝ておいて、眼がさめたら修行をしようというような暢気な心構えではなく、自らの禅境の高まりのなかに、自らの肉体をやすめているにすぎないのである。

 

関大徹「食えなんだら食うな」

 

「禅境の高まりのなかに、自らの肉体をやすめているにすぎない」という言葉に震えている。眠るときさえ、魂がいつも先なのだ。その究極においてのみ、肉体は束の間の休みを得る。眠りなど肉体一つあればすむことであった。眠れなければ眠らなければよろしかった。

柔らかい布団はいらなくなった。合板の上にそのまま寝袋をしいて、木の堅さを背中で感じながら眠りにつく。これ以上何も欲するものはなく、これ以上に有難いこともなかったのだった。

粗野であるほどに、野性は煥発されて、生命が咆哮するのが、私の知る科学であった。

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