自分が思う自分は最終形ではなく進化途中。

暑い!夏だ!いよいよ太陽が本気を出してきた。オラオラばててんじゃねぇ!お前のハートの熱さはその程度か!もっとバーニングな生き様を見せてみろ!

と殺しにかかってくるのを、フラフラになりながらなんとか躱し、冷房の効いたカフェで冷たいアイスクリームに食らいついた。しかし、本当に暑い。これを読んでいる貴方様は、お元気にやってますか?

私は既にやられそうですが、水と塩を沢山摂って、立ち向かっていきますぞ!待ってろ太陽!すぐに参戦してやる!

 

足りないのは才能でも勇気でもない。軽やかなノリだ

海に憧れている自分がいる。山で生活を長くするうちに、自分を勝手に山の人間だと思うようになっていった。しかし、それは単に山で生活を長くしていて、海で生活したことがないからなのかもしれない。セルフイメージなんて、慣れ親しんだ快適な場所に自分を置いておくための適当な口実なのだろうか。

もしそうなのだとしたら、セルフイメージなんてものは、動いていたらが勝手に変わっていくもので、今抱いているものは、最終形ではなく、進化途中のものだ。セルフイメージの外にあるものは、自分が相応しくないことを意味するのではなく、単にやったことがないことを意味する。つまり、慣れ親しんでいないだけなのだ。

これは、長いこと住んでみて初めてその土地に「家」を感じるのと似ている。慣れない土地の気候や、変わったお店、人の話し方や、地域のお祭りも、いつしか当たり前に変わる。自分の中の日常ゾーンが広がる。当たり前ゾーンが広がる。常識も、生活スタイルの幅も広がる。自分という人間の捉え方も、同じようなものである気がする。

 

「自分はこんな人間だ」という認識を見つめてみて、それが快適な場所に縛り付ける口実なのだとしたら、それはきっと本当の自分ではない。厳密にはまだ自分の可能性のほんの一部でしかない。自分をこの程度の人間だと見切りをつけてしまっているのかもしれない。快適に落ち着いているようで、実は静かに絶望していないだろうか。

「お前はその程度の人間じゃないだろ」と笑いながらケツを蹴り飛ばしたい。これまで経験した小っちゃな世界で、自分を決めるなんて勿体ない。ほんの僅かでも、やってみたいと憧れる気持ちがあるなら、それに蓋をしちゃいけない。できないと思っていることの大半は、やったことがないだけで、やってみれば意外と簡単にできてしまうものだ。

そんな喝を誰かに入れてほしいと、引きこもりのとき、私はずっと思っていた。

やってみたいことに蓋をすると、「挑戦しなかったこと」が「自分ができなかったこと」という認識になって、脳に蓄積されていく。それを繰り返すうちに、自分があたかもできない無力な人間だと思いこむ様になる。しかしこのセルフイメージは見事なほど、くるっくるに捻じ曲がってる。

 

正確には自分はできない人間ではなく、「やってみたいと思うことをやってみなかった人間」なのだ。才能や能力が足りないのではない。行動を起こす勇気でもない。足りなかったのは「試しにやってみよう」という軽やかなノリなのだ。

これをぶち壊す方法は簡単だ。来た道を戻ればいい。蓋を閉じたのなら、もう一度蓋を開ければいい。やってみたいと思うことを、やってみることだ。ちょっと身体を動かしてみたいと思ったら、外に出て身体を動かしてみるとか、焼きシャケが食べたいと思ったら、スーパーにシャケを買いに行って焼いてみるとか、そんな小さなことでいい。

 

「やってみたいという気持ちを自分で形にできる」という1つ1つの経験が、「自分はできる人間だ」という思い込みに変わっていく。その積み重ねが「やってみたいと思うことをやってみれる人間」になる。自分の認識を変わっていく。心の奥底に居座り続けていた静かな絶望が希望に変わっていく。世界がどんどん広がる。憧れの自分になる。さあどんどん世界が広がって、どんどん楽しくなっていくよ!

 

小さなことでも、完璧にできて嬉しかった話

昨日、諏訪湖の畔であるおっちゃんに会った。車の上に私の車についているものと全く同じ太陽光パネルが乗っかっているので、テンションが上がって、思わず「パネル乗っけてるんですね」と声をかけていた。キャップが良く似合う、とても優しい目をしているおっちゃんで、車で生活する知恵を懇切丁寧に教えてくれた。

その1つが、車のトランクを半開きの状態にしたまま、寝られるようにする器具を自作できるというもので、ホームセンターに売ってる部品を3つほど組み合わせれば、数百円で作れるらしい。(純正品を買えば5000円くらいするのだとか)

写真のように、トランクが閉まるときに車体と噛みあう輪っかに、Uボルトを引っ掛け、引っ掛けたUボルトをナットで連結させ、その先に車体についている輪っかと同じ大きさの輪っか金具を取り付ける。トランクを車体ではなく、取り付けた器具の先にある輪っかに固定する。そうすると、半開きの状態を確保したまま、トランクをロックすることができる。

つまりこの器具を使うと、ドアが半開きのまま閉まった状態となり、風通しと、防犯性のどちらも確保したまま、夜寝ることができるということだ。

私はこの手の生活の知恵というものが大好きだ。高いお金を払って、純正品を買えば確かに一発だが、こうした手作りには、人が試行錯誤した痕が残っていてそこに、苦しみや、喜びの物語を感じられる。

もちろん世に出回っているものも同じで、元を辿ればちゃんと物語があるだろう。それを否定するつもりはない。ただ私は何でもかんでもお金に頼るのは、自分で考えることを放棄するのと同じだと思うので、一度は自分で試みるという姿勢は大切にしたいし、そんなこのおっちゃんをすっかり好きになっていた。

 

写真を撮らせてくれて、私の車に合う金具の大きさも、わざわざ工具で測ってくれるので、私のやる気も俄然高まり、ホームセンターに直行した。どういう構造で、車のトランクが閉まるのかを改めて確認し、測ってくれたサイズからある程度の誤差があってもいけそうなことが分かった。

そして、結果がこちら!!!じゃん!

どどん!!!材料費、481円!!!完璧にできた!!!

嬉しくて嬉しくて、ホームセンターの駐車場で、一人拍手して喜んだ。パーツを3つ組み合わせただけだけど、トランクから部品が外れなくならないかみたいな不安は少なからずあった。やってみると、そんな心配は杞憂におわり、あっさりできてしまうものね。

中から見ると、こんな感じ。これで一晩寝た。意外としっかり開いていた。

足元から風が入ってきて涼しいし、それ以上に寝るときに足がつっかえなくなって、伸び伸びと寝られた。1年以上ここで寝てきたけれど、足がつっかえてしまうことや、それが原因で身体が斜めになって、寝返りがうまく打てないことに苦しんできた。

そんな睡眠の悩みすらも、おっちゃんの発案した器具が、一発で吹っ飛ばしてしまった。おっちゃん、ありがとう~!

これから新潟の海へ向かう。慣れ親しんだ小淵沢や、諏訪湖に別れを告げて、、、

てきとーに、のんびり、楽しくいこう!そしてもちろん軽やかに!やってみることの天才になろうぞ!

【0円で生きていける拠点づくり】

森の中に瞑想小屋を建て、家を開放するのが直近にやりたいことです。

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