懺悔は済んだ。これ以上、過去を悔いるのはよそう。砕け散らばった記憶の断片が、一つ、また一つと再集結し、心を形成していく。その中でもひときわ輝くのが、復讐の根源となる深い傷、それから成就しなかった淡い恋。本意でなくとも、結果的に忍ばれた恋であるほど格式高いのは、地上に放られた恋が冷めずにいるほど、時代に弁えがないからだろう。意図せずとも秘められ、永遠の風に守られた記憶が、結果的に人間を推進する力となる。
激しく恋焦がれるも、言葉にすれば堕落する。無限に上昇していくと思われた恋心は、対象を失った途端、真っ逆さまに地に堕ちていく。再び懺悔するに至ったのも、恋心を失ったことを発端とした。秘めつづける苦しさに耐えきれず、打ち明けたときに人は夢も情熱も失うのだ。
恋心があれば文字どおり人生は薔薇色になる。好きな子に会うためならば学校すらも楽しみとなった。何も青少年だけの特権ではない。爺ちゃん婆ちゃんになろうとも恋はある。なりふり構わず言葉にし、欲しいものは何でも我が物にしてやろうという人生的態度が、人間から恋を奪っているだけだ。情熱的のまま死を遂げたいと願うなら、その願いのとおり、恋忍んだままどこまでも進んでみせよ。
2025.2.10