やめよう、金のことで思い迷うのは。たかが一万や二万のこと。なけなしの金を運河に投げ捨てた人間だっているんだぜ。ラスコーリニコフのあの果敢な姿を思い浮かべたら、いま自分が後生大事に抱えている物事を、何べん恥じないといけないだろう。もっと金が必要になるのなら、また苦労して働けばいい。己がほんとうに欲するものに、どうせ金などかからぬのだ。最後に残るのはこの身ただ一つ。腹の下をいやらしい贅肉で、飾り上げる必要もないんだぜ。
それにしても、人間にとって大事なのは気持ちよさだと思う今日だ。死人として生きた葉隠武士の生き様は痛快そのものだったし、程度はずっと落ちるけれど、今日の労働にしても、懸命に働いたあとの気持ちよさには人間の味がする。人間、気持ちのいい相手には多めに金を払いたくなるが、不信なやり方を見せられると、たかだか数百円のことで揉めてしまう。気持ちよさは、物質の損得を顧みない態度から生まれる。豪快な金遣いが気持ちいいのは、金を忘れさせてくれるくらい金があるからだ。心を煩わせるものは粗い。肉体と共に生きる現世は、密が粗いのだから仕方がない。だから、己は滑らかな流体となって、その隙間を縫っていく。さあ、清らかな労働に戻ろう。
2024.10.21