インドからの手紙③【インド紀行⑫】[627/1000]

少し早いですが、日本に帰ることにしました。デリー、バラナシ、ブッタガヤ、カルカッタを一か月かけて横断する予定でしたが、バナラシを終着とし、再びデリーに引き返し、飛行機で帰ることになります。体調が優れないことが第一の理由ですが、それがすべてで旅を中断するのではありません。高い金を払ってインドまで来ているのですから、相応の何かを得るまでは無理にでも旅をつづけるのが旅人の性分です。僕は旅を中断するのではなく、終点にしようと思ったのです。20代のすべてを通じて燃え続けてきた青年特有の旅に対する満たし切れぬ焦燥と不安が、バラナシの片田舎での病熱によって、ことごとく燃え尽きたようでした。そのとき、これ以上旅をすることが、この上なく過分に思えました。更地となった土壌には、今度こそ、根を張って、真面目に働いて生きようという新たなる意志が膨らんでいくようです。未練があるとすれば、行ったことのないヨーロッパですが、これはもう少し文学素養を身に着けて、老年にチャンスがあれば行くべきものです。「老い」がやってくる前に、肉体を貧しさの摩耗に耐えさせながら、魂をむき出しに突き進んで行く旅については、もう未練はありません。

 

無論、青春は生涯つづきうるものです。しかし、肉体をもつわれわれにとって、青春とは別に「青年期」はどうやっても過ぎ去ってしまう初夏のようなものです。神に与えられた時間という季節のなかで、僕は幾度も、果実を腐らせてきた人間ではありますが、今ここインドで、季節に取り残された最後の最後の果実が、夕陽に美しく照らされるのを見た気がします。

もう一週間はインドにいます。いまだ体調が優れず、数日はまだ療養が必要でしょう。元気になって動けるようになったらまた手紙を書きます。ではまた。

 

2024.3.8

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