人間の魂を奪おうとする悪魔を食らい尽くせ[259/1000]

神の民を愛しなされ。わたしらは、ここに入ってこの壁の中にこもっているために、世間の人たちより清いわけではなく、むしろ反対に、ここに入った人間はだれでも、ここに入ったというそのことによってすでに、自分が世間のすべての人より、この世の何よりも劣っていると、認識することになるのです(中略)自分が世間のだれより劣っているばかりか、生きとし生けるものすべてに対して、さらには人類の罪、世界の罪、個人の罪に対して、自分に責任があると認識した時、そのときはじめてわたしたちの隠遁の目的が達せられるのです。

ドストエフスキー, 「カラマーゾフの兄弟」, 新潮文庫

 

軽バンを改造して暮らしている。快適な家は苦手で、滞在が長引くと、必ず心身の調子を崩してきた。安心や安全に入り浸ると、生命が委縮していく感覚をおぼえる。私はこれは悪魔の仕業だと思っている。メフィストフェレスのように、悪魔は人間の魂を奪おうとする。

軽バンの暮らしは、悪魔からの逃避であることは自覚している。ゾシマ長老の言葉のとおり、私は世間の人たちより清いのではなく、むしろ反対に、世間のすべての人よりも劣っている認識を突き付けられている。スマホを手放したのも、同じ理由で、この大きな悪魔を飼いならせるだけの力が私にはないのだ。

 

毒を食らうことを覚えてからは、世界が毒だらけだと知った。苦しいものは全部毒で、人間の魂を奪おうとするこの悪魔も大きな毒だ。世界の毒を少しずつ認知できるようになってくると、悪魔も少しずつ見えるようになってくる。悪魔はいつも、優しい言葉で、甘やかし、美人で、誘惑し、欺き、人を堕落させようとする。

安心安全で快適な家には悪魔が潜む。テレビや、コミカルな音楽が流れるスーパーなんかは悪魔だらけだ。物質主義そのものが人間の魂を奪う悪魔だから、物質主義に侵されている場所には、必ず悪魔がいる。この悪魔を認知しなければ、悪魔とは戦えない。

 

悪魔と戦い、苦悩し、毒を食らい尽くせば、人間は強くなる。最初は必ず苦しい。しかし、少しずつ食らい尽くすうちに、小さな悪魔にはひるまなくなる。悪魔への耐性が生まれてくる。一方、悪魔の誘惑に自分の堕落を疑いなく肯定すれば、当然苦しさはない。その代わり魂は奪われ、動物化の一途をたどる。

物質主義と消費文明に覆われる今の社会は、悪魔の力が強大になり過ぎたように思う。どこに行っても、現世は悪魔だらけである。ゆえに、現代人から魂は失われ、信仰もなくなったのだと思う。

 

現代の悪魔に立ち向かうにはどうしたらよいか。これは、少しずつ悪魔を食らい尽くすしかないと思う。悪魔の存在を自覚すると、必ず苦しみが生まれる。人間でいようとすれば必ず苦しい。苦しくないのは、悪魔を自覚せず、悪魔に魂を売っているから。どこに行っても甘い言葉と優しそうな言葉で溢れてる。この悪魔と戦い、食らい尽くして、自己の魂に生きることしか、人間の道はないと思う。

現世はいたるところに悪魔が潜んでいて、まるで地獄のようだ。だからこそ、人間として強く生きる誇りがここにあるように思う。

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