深山幽谷 寂寞を 破るる春が胸を汲む[896/1000]

生活と詩が調和することを志したはずだった。だが、蓋を開けてみれば、己のなかの不滅性が弱まっていることを自覚している。大工仕事をこなす日々は、いい生活ぶりにちがいない。だが、生活を生活と認めてしまうことは、翼を失うことになるのではないか。超人を志す者だけが人間となり、人間を振る舞う者が動物と等しくなるように、生活もまた自己目的となるのではなく、誰かのために命を尽くした日々の経過を指して言うものではないだろうか。

立派な生活者に憧れる。生活に堕ちることも、生活から浮き離れてしまうこともなく、その中庸、生活と詩が調和する、生と死が交差するところで命を燃やす者である。ちょうど一年前、生活者として死んでいく道を、トーマスマンの「魔の山」から教えてもらった。深山幽谷 寂寞を 破るる春が胸を汲むのだ。一年経って、今度は生きる方に振れ過ぎた。朝昇る日は、夜には必ず沈む。その落ちぶれた命、もしくは、浮ついた命をみて、谷底に沈殿する悪意の、さらに奥底から汲み上げる善意は、己の今を突き破り、その向こう側へ飛翔していくことに、ずっと憧れている。

 

2024.12.2