土台に柿渋を塗った。あまりの素朴さな色合いに涙が出そうになった。人間、涙を流すのは、素朴な存在に触れたときである。力の根源をたどり、意志の柔和さを得ることで、歪で不条理な現実を吹き抜けていける存在であることを思い出すのである。無論、柿渋は人工塗料ほど「完全な」撥水性はない。だが、そこに不安を抱くのは、物質的になりすぎた現代人特有の病である。もっと死に身を委ねてもよい。素朴な存在によって涙を流すのと同じように、肉体を滅ぼしてもいいのである。実際、私は隠遁生活でそれを実行した。明るいほうへ、明るいほうへと向かうところ。その小さな闇をこじ開けて飛び込んでいくのである。それが、虚無に対する有効な手立てとなる。闇のなかを覗けば死ぬかもしれないと感じる。実際、ほんとうに死ぬかもしれない。だが、死なぬかもしれない。どちらか分からない。それが生命のほんとうのバランスである。なに、幸福を食いすぎただけのこと。遅かれ早かれ、人間を愛することになる。
2024.11.19