掃除によって宇宙と一体になる[383/1000]

「自然とはなにか」「人間はどこまで関与すべきか」を問いながら森で労働している。

他の動物にはなくて人間にあるもの、その一つは、美しいと感じる心である。動物は掃除をしないが、人間は掃除をする。掃除をすると例外なく、心が広々とし、気持ちよくなるものである。心が綺麗になることは、宇宙エネルギーが体内に入り込むことを意味する。愛である。人間が神に与えられた心は、そういうものである。美しさを感じる心が、武士道のような人間文化を生み出してきた。美しさを感じる心により現世の肉体を超え、宇宙と一体になるのである。掃除とは、もっとも日常生活に根づいた基本的なことである。

 

 

森では、ひたすら倒木を片付けている。木のほとんどは長年放置されたために腐っており、私が片付けなくても時と共に自然に還っていくものばかりだ。そのため、私がどこまで関与するべきか考えながら労働していた。関与せずとも、森は自然の営みのなかでうまくやっていきそうに思える。

そんなことを考えながら、手あたり次第に片付けていると、突然気持ちのいい風が吹いた。ふと顔をあげると、広々とした森の緑がゆらゆらと揺れて、大地の上を吹き抜ける風が目に見えるようだった。気づけば、ほとんどの倒木が片付けられ、森が広々としていた。風を遮るものはなく、心なしか、森の植物たちも気持ちよさそうに揺れているように見えたのだ。

私は森の風を感じながら、片付けをしてよかったと思った。自分の心がきれいになったのを感じていた。これが宇宙から私に降り注いだエネルギーだとしたら、自然における人間としての使命を果たせたことになるだろうと感じたのである。

いまだ、晴れないことは多い。自然とは何かを問うことは、まだまだつづく。

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