わたしはきょう、ひとりの悲壮な者を見た。ひとりのおごそかな者、ひとりの「精神の苦行僧」だ。おお、わたしの魂は、かれの醜さのために、何と笑ったことか!
多くの醜い真理を、狩猟の獲物としてつるさげ、衣服は幾重にも裂けていた。たくさんの茨がひっかかっていたが、―薔薇の花はひとつも見えなかった。
かれはまだ笑いを学んでいなかった。美を学んでいなかった。認識の森から、この狩猟者は暗い顔をして帰ってきた。
(略)
かれは依然として、飛びかかろうとする虎のように身構えている。しかし、わたしはこうした緊張した魂を好まない。このように身をうしろに引いて構えたものは、すべてわたしの趣味にあわない。
(略)
この悲壮な者が、自分の悲壮ぶりに飽きたなら、そのときはじめてかれの美が生まれるだろう。
ニーチェ, 「ツァラトゥストラはこう言った」
かつて私は「悲壮な者」であった。早朝、極寒のなか、1時間の瞑想を行い、昼間は仕事に精を出し、晩には再び1時間の瞑想をした。食事は一日一回の玄米菜食であり、暖もなく霜焼けになりながら本を読み、楽しみという楽しみはなく、眼は猛獣のように尖り、顔面はつねに緊張状態にあった。
これが人間の精進の道だと思っていた。だが、心の底では、何かが違っている感覚もあった。
私は「笑い」や「美」にも一律に座禅を強いた。「笑い」も「美」も黙想し、心の語り手はことごとく「悲壮」となった。悲壮は「軽蔑」を連れ出した。私は世間の堕落が忌々しくてしかたがなくなった。軽蔑の足で大地を踏みしめ、ますます悲壮の色を濃くしていった。この状態は慈愛とはほど遠かった。私に欠けていたものの一つは、慈愛であった。悲壮な者は、軽蔑することでしか、魂との付き合いを心得なかった。悪意をもつことでしか、己を肯定できなかった。
いまでこそ、私も「緊張した魂」を好まない。人間の肉体は、四六時中、緊張の大気にさらされて耐えられるほど強いものだろうか。肉体が耐えられなくなれば、反動の弦が放たれて、真っ逆様に墜落することになる。もしくは、魂の目をかいぐぐり、虚偽の道に走ることになる。人間は永遠に向かう存在だ。だが、魂の緊張が最高潮に達したとき、死にゆく強さをもつ人間は稀である。この広い世界を見渡せば、強靭な肉体を持つ人間も確かにいた。切腹した武士たちには涙が出る。だが、その内実はどうだろう。彼らはきっと笑いもしたし、美しい詩も詠んだ。彼らは断じて「悲壮な者」ではなかった。
彼らは「勇敢な者」であった。緊張した魂を克服する強さがあった。もしわれわれに神から授かる責務があるとすれば、勇敢さのもとに、魂の永遠の伴侶となることではなかろうか。魂を忘却の沼に沈めてしまうことや、無理を強いて粉砕させてしまうことは、神を最も悲ませることである。
私は悲壮な者に、こう言いたいのだ。
血涙 溢るる放浪の 赦されよ 赦さぬを
厭世 泥這い 身は窶れ 幸福 道化に楯を突く
己がなけなし 分別の 胸を叩けよ 草枕
深山幽谷 寂漠を 破るる春が胸を汲む
生死一閃まどろみの 生命を叩く無邪気さよ
ああ美わしき魂よ 『愛と希望を忘れるな』
内田知弥, 「追憶の魂」
2024.3.30
コメントを残す