柿崎で釣りの師匠に会いキス釣りを奮闘している話[15/1000]

柿崎という小さな町の海にいる。ここにきて、今日で4日目になるが、ここにいればいるほど、柿崎という町をどんどん好きになっている。

海沿いでボーッとしていると、70歳には見えないキス釣りの師匠が現れる。私は師匠の横にちょこんと座り、次々と釣り上げる様子を、ただじっと観察する。「なんでその速さでリールを巻くのか」とか「なんでエサはこうつけるのか」とか「なんでこの場所を選んだのか」とか「なんで師匠はキスしか釣らないのか」とか、そんな質問を気ままにぶつけては、師匠の答えから、キスを大量に釣るためのヒントを探す。しかし、どんな答えも深堀していくと、「君が釣るところを見ていないから分からない」という壁で行き止まりになった。

 

初日にキスを2匹釣りあげた翌日も、私の興奮はおさまらなかった。海に潜っているときも、ずっと昨日初めて経験したキス釣りのことを考えていた。観光客用に放流された、釣り堀での魚釣りは子供の頃に経験したことがあった。しかし大きな海から、生きた魚を釣るという経験は、まったく別種のものだった。

 

釣り堀での釣りは、遊園地のアトラクションに近い。人間が放った魚を、人間が釣る。そこに命はあるが、魚は生きているのではなく、生かされているに過ぎない。言い方は悪いかもしれないが、人間様の釣る体験という「サービス」のために、小さな命を弄んでいるような印象を少なからず受ける。釣りが、自然界の営みではなく、人間界の遊戯になっている。

一方、海での釣りは狩りに近い。近いというより、狩りそのものだ。魚は生きている。そのままの命がある。自分の力でエサを探し求め、泳いでいる。そいつらと知恵比べをする。人間社会は関与しない。漠然とした表現になるが、自然の交流には温かさがある。

 

興奮の醒めない私は、釣り具屋で300円分の青イソメを買っていた。青イソメとは釣りの餌のことで、分かりやすく言えばミミズのような海の生き物だ。慣れない私からすると、見た目は気持ち悪いを通り越して、おぞましいに近い感想を持つ。釣り具屋の女将さんは、私が師匠に釣りを教わっていたことを既に知っていた。「昨日キスを2匹釣ったぜ!」とドヤ顔で報告したら「なんだい、それっぽっちかい」と軽く笑われてしまった。

2日目の釣果は、キス3匹だった。このときも3枚におろして刺身で食べた。

情けないことに、針につけた殆どのエサは持っていかれた。かけひき以前に糸が絡まって、餌が半分以上残っているにもかかわらず、釣りを断念することになった。

300円の餌に対して、キス3匹なので、1匹あたり100円という計算になる。高くついたが、経験値はたまっていると信じた。翌日その話を師匠にすると、ハッハッハとまたもや笑われてしまった。

じゃあ師匠は300円の餌でどのくらい釣るのか?と問うと、40匹釣るのだという。キス1匹あたり7.5円の計算になる。その数に驚きながら、私はこのままじゃ柿崎を離れられないと思った。このまま柿崎を離れれば、男が廃る!キスを20匹釣るまでこの地を離れないと師匠に宣言した。

 

柿崎での闘いはまだまだ続きそう。

しばらくここにいるから、ちょっと様子見に行ってみるかって気になった人は、ぜひ足を運んでね!

その時は、頑張ってキス100匹釣るので、一緒に刺身にして食べましょう!!!

連絡待ってます!バイバイ!

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