海外を旅していると「お前はどこの国の人間だ」とよく聞かれる。私は「ジャパン」と答えるが、ジャパンと言葉にするたびに、果たして俺は日本人を名乗る資格があるだろうかと頭を悩ませてきた。無論、私は生れも育ちも日本である。日本の国籍を有し、日本人であることは揺るぎない事実である。だが何かが引っかかった。ろくに働きもせず、国のために尽くすことのできない私のような人間に、日本人を名乗るのは大変おこがましいことに思われた。
次によく聞かれるのが「お前の仕事はなんだ」である。この質問はさらに私を困らせた。基本的に旅をしていたときの私は無職である。教員を辞めてまもなかい頃は、苦し紛れに「ティーチャー」と答えた。すると大抵、「何のティーチャーだ」と質問がつづけられさらに困ることになる。「英語を教えている」と答えようものなら、「日本ではこの程度しか英語の話せない人間が英語の教師をしているのか」と笑われかねない。それを避けたい私は、中学校の先生だとだけ答え、強引に会話を終わらせた。隙のない人間は「中学校で何を教えているのだ」と迫ってくるが、その前に私から質問を切り返すことで半分くらいははぐらかした。
こたびインドを旅したときも、同宿の人間や、駅やガンジス川の畔で親しくなった現地人に、「お前の仕事はなんだ」と頻繁に聞かれた。どうしてこんなにも仕事を聞かれるのだろうと改めて思うのだが、思い返せば私自身、日本をヒッチハイクで一周していたときに、例外なく運転手に浴びせかけた質問が「仕事は何をされていますか」であった。仕事を聞けば、会話の種になるのはもちろんのこと、それ以上に、その人間から多くの情報を引き出すことができた。収入や社会的地位、責任感や頭脳の明晰さ、情熱のかけ方や人生に対する態度や家族の有無まで、仕事にはあらゆる情報が詰まっている。
もっともカースト制に職業が結びつくインドでは、別の理由があっただろう。彼らにとって仕事が意味するものは、もっと天命的なものにちがいない。
私は過去に、日本で2~300回ほどヒッチハイクをしたことがあるが、仕事を尋ねたときに一度だけ「無職だ」と答えられたことがあった。今でもこの時を鮮明におぼえているのは、無職であることと、男の会話の妙な調子から、殺されるかもしれないという恐怖を抱いたからだった。すべては、私の被害妄想に終わったが、仕事とは、社会的(民主的)な人間であることの証明であることを知った。つまり、人間と社会を受け入れ、同時に受け入れられることを意味するのが仕事である。無職であることは、反民主的であることの証明にはならないが、人間と社会から疎外された、無法者である可能性もなきにしもあらず。
さすがにこたびのインドでは、「ティーチャー」とは言わなかった。教員をやめて5年以上経つのに、教員を名乗ることはできないし、そもそも教員をしていた時期も、たかだか3ヵ月である。私は苦し紛れにライターと答えた。無職だとは答えなかった。無論、私はライターなどではない。ああ、ほんとうにどうしたことだろう。私はまっとうな職につき、まっとうな生活をおくることを道徳だと考えるが、私はどんな仕事もまったくやれる気がしないのだ。まっとうな生活への憧れを口にしながらも、どこに向かえばいいのか分からぬまま、罪の雨に濡れつづけている。
私は何度も「まっとうな生活」を思い描く。だが、いつも頭に浮かぶのは森の生活である。すべては怠惰だろうか。落ちぶれることでしか天をおぼえていられない弱さだろうか。
2024.3.21
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