バラナシからデリーへ【インド紀行⑮】[630/1000]

まだ夜が明けぬ朝の4時、昨晩宿のおやじに頼んでおいたとおり、宿の前にはトゥクトゥクが待機していた。これからデリー行きの列車に乗ろうとするとこで遅れは絶対に許されなかったが、何のトラブルもなく駅に向かえそうでひとまず安心した。インド人の時間感覚はよく分からない。列車が3時間や4時間も遅延することは当たり前であるが、待ち合わせのトゥクトゥクの兄ちゃんは、昨日につづいて正確な時間に待ちあわせた。値段を確認した後、少しでもトゥクトゥク代を安く抑えるために、同宿のネパール人と相乗りで駅へ向かった。これが最後となる、暗いバラナシの街を抜けて。

 

駅には朝5時に到着したが、既に人で溢れ返っていた。デリーからバラナシに来る際、鉄道を利用したことから、要領を得ているはずであったが、バラナシ駅はなぜかプラットホームの電光掲示板が停止しており、かなり焦った。自分が乗る列車が、どのホームから発車するのか分からない。何十とある路線のなかから一つを見つけ出すのはかなり苦労した。最終的には、手持ちの紙に列車の番号と列車の名前を書き写し、よく知っていそうで物分かりがよそうなインド人の青年に尋ねると、ここだと教えてくれた。私の乗る列車は、目の前にあった。

 

列車は「CC」というクラスである。リクライニングシートの全席予約席かつ冷房とご飯がつくという、いわゆる短距離間の高級クラスである。私のような貧乏人が乗るクラスではなかったが、他のチケットはどれも売り切れであり、これが最後の一枚であった。その代わり、最安値で獲得したために、私のチケットには食事がついていなかった。周りの乗客にチャイやお菓子、美味しそうなカレーとナンが配られていく中、私は水だけで8時間をやり過ごすことになった。武士は食わねど高楊枝など虚勢を張ったが、今思えば、せっかくの列車旅と割り切って、食事もとるのもよかったと思う。車内が愉しい食事の雰囲気に満たされる中、私は窓の外の、何もない草原風景を黙って見つづけた。

 

同乗の彼らは、実際かなり裕福に見えた。貧困のにおいも、犯罪のにおいも全くしなかった。日本と同じように、かばんを座席に残しても、誰も取らないと直感した。安全だが、これを旅というには、あまりにも綺麗すぎる気がした。しかし、こうした綺麗なものにすがらなくちゃいけないほど、私の心も病気で弱くなっていたことは事実であった。清潔で安全な日本を思い出した。やはり、先進的なものは安心なのである。

インド旅も残すとこわずかとなった。病弱になった私はまだまだやれるだろうか。最後の最後まで、この身を天に注げたら。

 

2024.3.11

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です