夢を諦めるのは死ぬときでは駄目なのか?自分を赦すかぎり夢は続く

「夢を諦めるのは、死ぬときではだめだろうか。」

最近、こんな風に思う私は、ずっと夢の中に生きていたいのだと思う。

 

夢には、「感動」が詰まっている。

子供のころから抱いていた、ワクワクやドキドキのような童心、それが形になったものが夢だ。

 

人は、そんな自分の「子供心」に、勇気をもらっているのだと思う。

人が生きる歓びを感じられるのは、いつも「子供心」を大切にしているときだ。

 

夢は叶わなくてもいいのかもしれない。

もちろん、私自身、夢は叶えたい。

 

けれど、夢を叶えるよりも、夢を持ち続けることのほうが、ずっと大切なことかもしれない。

「今日も生きよう」と希望を持ち、今日を命のかぎり精一杯生きることができるのなら、それは今の自分に対して何よりも誠実なことだから。

 

夢を諦めるのは、死ぬときではだめだろうか。

死ぬその瞬間まで、希望を抱き、自己に誠実に生きることはこの世界では許されないのだろうか。

正直、今の私には分からない。

 

ただ、1つ言えることがあるとするなら、

「自分」を生きることに勝る、美しい使命なんてこの世にはない

ということだ。

 

 

1 夢を諦めるのは、子供心を失ったとき

夢を描いて、追い求められるうちは、”こども”。

「現実は….」と愚痴り始めたら、それはもう”おとな”なんだろう。

 

私はいま旅をしている。

海外を放浪しては、日本でテント生活をして、次の旅に向けてお金を貯めている。

 

こんな生活をしていると、「若いうちだけだから楽しんでおき」といった言葉をよくもらう。

善意しかないことは分かるけれど、私はいつも悲しくなる。

 

「歳をとったら、あなたはもう夢に生きられない」という意図を感じるからだ。

「”大人”ぶるのはやめてくれ」と苛立ちをおぼえることもある。

 

けど、冷静になってみると、彼らは大人ぶっているのではなく、「大人」なのだと気づく。

きっと、”おとな”と”こども”の境界線はここにある。

 

夢を描いて、理想を追い求められるうちは、”こども”。

「現実は….」と愚痴りはじめたら、それはもう”おとな”だ。

 

願うことなら、私は”こども”のまま生きたい。

“こども”のまま、自己に誠実にありつづけたい。

もし、そんな生き方を貫いたら、どうなるのだろう。

 

最高の幸せを手に入れられるのだろうか。

それとも、お金が底をつきて飢え死にするのだろうか…。

 

正直私は、怖い。

食べられなくなることも、家がなくなることも、死ぬことも怖い。

 

けど、もしそんな恐怖を抱けるような生き方ができたなら、いいなと思う。

「私の人生は、偽りの人生ではなく、本物の人生だった」と、胸を張って死ねる気がする。

 

自分の中の”おとな”は、”こども”にダメだしするためにあるのではない。

“こども”のワクワクに、”おとな”の知恵が掛け合わされるから、夢は叶っていくのではないだろうか。

 

2 夢を諦めるのは、現実に屈服したとき

現実に屈服したとき、人は心に傷を負い、自分を生きる勇気を失う。

もし勇気を奪われたのなら、またその勇気を取り戻せばいい。

 

“こども”のまま、夢に生きつづけることは、簡単ではない。

“こども”の自分は、純粋なだけに、傷つきやすいからだ。

 

私には、教育の夢を諦めた過去がある。

「日本中の子供の可能性を拡げる!!」なんて、大層な夢を語っていた私も、学校の現実に心を病み、教員を4ヵ月で辞めている。

 

その後は、引きこもりのニートになって、沼に沈んでいくような日々を味わった。

「日本を変えてやる!」なんて生意気な私も、「自分は無力で力のない人間だ」と自分を卑下するようになった。

 

悲しいことに、人が夢を失い、自分を生きられなくなることは、日常茶飯事に起きる。

  • 嫌なことを言われること
  • いじめられること
  • 裏切られること
  • 仲間外れにされること
  • 暴力を受けること
  • 嫌がらせを受けること

 

こんな些細なことで、人は「自分」を生きる勇気を失う。

悲しいことに、そのまま命が絶たれてしまうこともある。

 

もしこの世界に「勇気くじくもの」が存在しなかったら、私たちはどのように生きるのだろう。

  • 嫌なことを言われることも
  • いじめられることも
  • 裏切られることも
  • 仲間外れにされることも
  • 暴力を受けることも
  • 嫉妬し、されることも
  • 陰湿な嫌がらせを受けることも

一切ない。

 

こんなのは理想郷だと分かっているけれど、もしそんな世界があるのなら、きっと自殺する人はいなくなる。

それだけじゃない。

 

人は皆、夢を持つと思う。

そして、死ぬまで夢を追い続けると思う。

 

結局、人が夢を持てなくなるのは、意地悪な現実に傷ついただけだ。

夢を持つ勇気を、些細な一言で、踏みにじられただけだ。

 

もし、そんな意地悪なものを、「現実」というなら、

そんな現実くそくらえ

だ。

 

確かに、この世界には、私たちの心を傷つけるもの、勇気くじくものがたくさんある。

けれど、「現実」は必ずしも意地悪なものばかりではない。

 

一歩、外に踏み出せば、私たちの背をおしてくれる人達は大勢いる。

まだ出会っていないだけで、すべてを肯定してくれるような愛のある人間はたくさんいる。

 

私は人を信じたい。

自分を生きようと葛藤する人の「力」を。

もがきならも、必死に前に進もうとしている人の「可能性」を。

 

もし、現実に打ちのめされたのなら、また時間を置いて立ち上がればいいのだ。

人生は死ぬまでつづく。立ち上がるかぎり夢はつづく。

 

焦る必要なんて、一切ない。

「自分じゃ無理だ」と心を痛めたときには、その痛みをしっかりと味わって、自分を抱きしめてやろうじゃないか。

 

3 夢を諦めるのは、自分が赦せなくなったとき

自分で自分を赦すかぎり、希望は降り注ぐ。

自分で自分を赦すかぎり、夢はつづく。

 

人が夢を追えなくなるのは、自分で自分を赦せなくなったときだろう。

 

私自身もかつて、意地悪な現実に直面したとき、

  • やっぱり自分はだめかもしれない
  • 自分にはできないかもしれない

と、自分の可能性を疑ってしまうことがある。

 

今でも、悪意のある言葉が届いたときは、やっぱり傷つく。

傷ついたときは、自分を責めて、自分が赦せなくなる。

 

そんなときは、自然の中で一人になって、心の声に耳を傾ける。

そして「やっぱり、私は間違っていない。大丈夫だ!」という声を聴いて、自分を赦す。

 

棘を刺されたとき、つい他人の顔色や声ばかり気にしたくなるけれど、心はいつも、本当の答えを知っている。

  • 自分にとって、何が一番大切なのか
  • どんな生き方をすれば、自分を大切にできるのか

 

自分は「最後の砦」だと思う。

他人に、どれだけ言われようと、何を言われようと、自分で自分を見捨てないかぎり、可能性は拓く。

自分で自分を赦してやるかぎり、夢はつづく。

 

もし、自分を赦せずに、責めてしまうのなら、そのときはとことん責めればいい。

気が済むまで責めて、とことん落ち込めばいい。

 

自分で自分を赦すかぎり、希望は何度でも降り注ぐから。

 

4 夢を諦めるのは、正直になってから

百歩譲って、正直者がバカを見るとしても、それは見かけ上のことにすぎない。

正直者の心は最高に幸せだぞ!

正直になれた自分は、自分にとって紛れもないヒーローだぞ!

 

先日、私のテントに、ブログ読者の方が泊まりにきた。

「なぜ生きているのか」を自分に問い、正直に力強く生きている方だった。

 

彼とは一晩、話をした。

木々の前で鍋を囲み、一緒に寝転がって空を見上げ、まだ陽がのぼる前の、朝のヒンヤリとした新鮮な空気の中で話を聞いた。

 

なんだろう。

彼を見ていたら、

正直者として生き続けるかぎり人は輝ける

のだと思った。

 

「正直者が馬鹿を見る」という言葉があるけど、そりゃそうだ。

人が正直になれば、「見かけ上の得」より、「心が喜ぶこと」を追い求めるようになる。

 

目先のお金や安定より、多少レールを踏み外してでも、本当に自分の心がやりたいと切望することに、人生を燃やしたくなる。

だから、正直者は「損」をするようになっている。

「正直者が馬鹿を見る」のではなく、「正直者はもとから馬鹿」なのだ。

 

けどそれはあくまで、他者から見た感想に過ぎないのだと思う。

自分の心を偽りなく生きた人間が、死ぬときに悔いを残すなんて、私には想像できない。

貧しかろうが不安定だろうが、心が本当に望むことを大切にできる人間は、幸せだと思う。

 

勇気をもって人生に空白の時間をつくり、わざわざ山の上まで会いに来てくれた彼との時間から、そんなことを感じる。

正直に生きられる自分は、自分にとって、紛れもないヒーローだ。

 

「自分にとって、本当に大切なことは何なのか。」

そんなことを問うて、今日も生きよう。

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