緊張愛[536/1000]

弓を絞れ わが身をかけて引き絞れ

今にも切れんとする 雪山の峰のように張り詰めた弦を

ぎりぎりまで引き絞り 人類の軍鼓を胸に叩き

聡明な眼に光る 一番遠いところへ 打ち放てよ

剛毅果断たる 運命の大将軍よ

 

***

 

どの本か忘れたけれど、三島由紀夫の切腹について、長年のスターとしての重圧、緊張に対する疲弊があったのではと書かれた本があった。三島由紀夫自身、泰平の世において勇を示すのは、言葉によってなされるべきであり、常に弓を絞った緊張状態に身を置き、いつでも戦えるようにしておくべきだ、と著作に書かれていた。

この緊張を、疲弊というのなら、そうかもしれない。私は彼の大人物の死について論じられる分を持ちあわせない。ただ、今日の私自身、孤独の緊張のまっだ中にいて、この絞った矢をどう放つか、思いを巡らせている時に、三島由紀夫の言葉を思い出したのである。まるで、彼の死に向かった行動は、長年引き絞られた弓矢が、運命の大放射によって放たれる一連動作に見えた。

運命愛、という言葉があるが、その前身は緊張愛だろうか。張り詰めた緊張は必ずしも悪いことではなかろう。弓は引き絞るほど、遠くに飛ばされる。下手に緩和させることを気晴らしというのなら、俺はいつまでも弓を引き絞っていよう。

 

2023.12.8

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