悩みなどなく、戦いがあるだけである。[960/1000]

冬が猛り狂っている。今日から一週間、氷点下10度の日がつづく。積雪もあり、森に完全に閉じこめられた。家はおおむね完成しているが、薪ストーブが届かない。あと一週間、工程が早く進んでいれば、暖かい炎に身を包みながら、窓から白銀の世界を愉しめただろうに。ほんの少し間に合わず、生きるか死ぬかの戦いを強いられることになった。米は5キロある。薪も夏に蓄えた分がある。だが、汲んできた水が、容器のなかで半分凍っており、足りるか微妙なところである。電気は氷点下のため発電できない。明日には底をつく。夜は寝袋を二重にして何とかやり過ごす。車が動かせれば、物資を補充しに行けるが、二輪駆動かつ、冬用タイヤを履いていないのが致命的である。

 

街に下れば世界は変わる。寒波が来ようと雪が降ろうと、普段と何の変りもなく、人間は働いている。学校や会社へ行き、生きるか死ぬかのような低次の話ではなく、学業や業績、世の為人の為になるような高次な関心に生きている。まったく人間の力は偉大である。

私は自然の支配下にある。今日、真っ白な森を歩いていると、動物の足跡をたくさん見つけた。イタチの足跡もあれば、鹿の足跡もある。全部で5種類くらいあった。雪のなかの足跡を見ていると、きっと冷たい思いをしているだろうと哀れな気持ちになる。私は彼らに親しみを抱く。今日の餌にありつけるかもわからぬまま、生きるか死ぬかの戦いを強いられていることを思うと、私自身の置かれる状況など、生ぬるくて仕方なくなる。

 

何としても生き延びるのだ。金を稼ぐわけでもない。何の生産性もない日もあろうが、ただ生き延びることは、生命にとって基本中の基本であった。進歩し、洗練され、人間活動は社会的で高度なものとなっても、生き延びること以上に根源的な課題はないのである。悩みなどなく、戦いがあるだけである。それが生命の基本姿勢である。

 

2025.2.5