冥府の者は、冥府の木の実を味わった者が彼らの手に落ちてしまったことを知っている[508/1000]
高尚をあきらめたら、貧しい暮らしは必要ない。貧しさが高尚という意味ではないが、安逸は幸福を求めるにちがいない。 一度は堕落した人間だ。幸福な暮らしを考えなかったといえば嘘になる。適当な仕事をして、愛想のいい婦人と結婚して…
高尚をあきらめたら、貧しい暮らしは必要ない。貧しさが高尚という意味ではないが、安逸は幸福を求めるにちがいない。 一度は堕落した人間だ。幸福な暮らしを考えなかったといえば嘘になる。適当な仕事をして、愛想のいい婦人と結婚して…
人類は「文明」の力で自然を克服した。 だが、隠遁の森においては、自然の暴力を前にして、我が精神はどこにも逃げられん。服従あるのみか。それとも、ヴォルテールが地震に反抗したように、自然の残忍な仕打ちに人間の意…
「神が死んだ」とは、すなわち愛国心が死んだということではないか。もはや今日、天皇に恋慕の情を抱くことは、神を信じることと同じくらい困難であるように思う。 武士道と信仰の血が残っているのは、戦前より生きる90…
「自由」の国で堕落した。だが、当時はこれが「進歩」だと確信していた。 声高に「権利」を要求した。あの民主主義者たちのように高邁に戦った。 己を支配する「皇帝」の心臓に剣を突き立てて、血涙流して歓喜した。 親…
結婚式を控えた女性は、美しくなるという。一つ仮説を立ててみる。人間の血を浄化させるのは、生命の宇宙に迸るエネルギーではないかと。 こうした宇宙的な力の、人間を若返えらせる力というものは、地上的なあらゆる健康的俗物習慣を、…
精神にとっての屈辱は、宿主である肉体が食わねば生きられないことだ。つまり、精神が己の存在を肯定するために、己を否定せねばならぬ。 私には禁欲的な面があるが、肉体を蔑んでいるのではない。肉体が大事ではない、と…
涸渇感を愛す 奈落のどん底に突き落としてくれるものを愛す 己は人間のクズだと突き放してくれるものを愛す 天狗のように伸びた鼻をへし折ってくれるものを愛す ケチくさい自尊心をずたずたに引き裂いてくれるものを愛す  …
森に家をたてて、隠遁生活をはじめたのが10月頭だったと記憶する。まだ1ヵ月しか経っていないのに、その数倍もこの生活を続けているような気分だ。 朝から晩まで、とにかく読書をして、それ以外の時間は、ご飯をつくるか、こうして手…
空虚で単調な時間は、時間の経過が遅く、耐えるにも苦痛が伴うが、長期的に見れば、そうした単調な日々の経過は圧縮され、一瞬のうちに過ぎ去ってしまう。一年の月日でさえも、一週間や一日として感じられてしまうこともあるのだ。 「生…
隠遁生活ならではの、奇妙な感覚がある。完全な隠遁生活をしていると、今がほんとうに令和であるという確信が揺らいでくる。つまり、今が、鎌倉時代とも、江戸時代とも思えてくる。自分と時代を結びつける「文明の生活」を失うと、不思議…