はなから安逸な処方に頼ろうとする貧弱さがあるかぎりその身体は冷え切っている[816/1000]
ようやく退屈な日を終える。親指の爪ひとつ剥がれただけだというのに、先生の言いつけを守って二週間も休んでしまった。たかが足の爪一つ、まだ完治はせぬが、あとは毎日風呂に入ってれば、そのうち治るだろう。言われたとおり、何度も病…
ようやく退屈な日を終える。親指の爪ひとつ剥がれただけだというのに、先生の言いつけを守って二週間も休んでしまった。たかが足の爪一つ、まだ完治はせぬが、あとは毎日風呂に入ってれば、そのうち治るだろう。言われたとおり、何度も病…
常住死身になることよって自由を得るというのは、「葉隠」の発見した哲学であった。死を心に当てて万一のときには死ぬほうに片づくばかりだと考えれば、人間は行動を誤ることはない。もし人間が行動を誤るとすれば、死ぬべきときに死なな…
秋のいい風が吹いている。稲穂の上を駆け抜けて、土の香りをすくいあげて、無力に怯える凡庸な魂に、平穏な一日を演出してくれる。足の怪我のために、畑で働くこともできず、家づくりを進めることもできない。死に場所を失えば、生の倦怠…
「ところで義兄んにゃ、こんな山の中で独りでランプ生活をしていて恐くないのか?」 と、一番知りたかったことをいきなり尋ねてみた。臆病な俺なら、一晩でも耐えられない。すると義っしゃんは、平然として言った。 「怖いごとなんて何…
足の怪我が長引いている。畑仕事はできぬし、森の整備も進まない。町のちいさな病院に通っているが、高齢の先生とのやり取りがおぼつかない。先生の奥さんは、我が子のようにとても良くしてくれる。近くの森に棲んでいる話をすると、(身…
恩を返すため、生きている。恩を返すため、生きることを選ぶ。それ以外のため、生きる意味を知らない。授かった恩を返せば、あとは何が残るだろう。そんなこと考えるまでもない。より大きな、尽きることのない源泉へ。友を助け、親を労い…
奈良にある法隆寺には当然ながらコンクリート基礎がない。それなのに、現代建築はコンクリート基礎がないと建設することができない。これは普通に考えておかしいことだ。しかも、大工さんもいらないって言っている。 生理的におかしいこ…
昔のことだが、私は信州の安曇野というところに旅をしたんだ。バスに乗り遅れて、田舎道をひとりで歩いているうちに日が暮れちまってね。暗い夜道を心細く歩いていると、ぽつんと、一軒家の農家が建っているんだ。庭にはりんどうの花が、…
川で洗濯をする。雨水で食器を洗う。土のついた泥だらけの手で米を掴んで食う。化学物質にまみれたならまだしも、自然に汚れたものは、汚れといえるのだろうか。ばい菌を食ってる実感はある。風邪はひかない。身体も元気だ。抗菌とは対照…
ああ、なんともやるせない。お前も金の僕というか。およそ職業と名のつくものに、いまだ男の意気地はあるか。幸福は色づくほど、湿気を帯びてカビを生む。仙人の棲む高山に比べたら、町の空気はどいつも卑猥か。喉やられ、肺やられ、血が…