「調子に乗るな」と伝えるのは自分。自分や他人を責めてしまう貴方へ

熱海の海岸にいる。

海がどうしても見たくなり、今朝熱海に行くことを決めた。

大自然に訪れたくなるのは、自分の身の程を整えたいからだと思う。

 

普通に生きてれば、人は調子に乗る。

SNSで「いいね」をたくさんもらえたり、仕事でどんどん結果が出たり、褒められたり、人付き合いがうまくいったりすると、

「私ってすごいじゃん。」とおごり高くなる。

 

反対に、SNSの反応が薄かったり、仕事がうまくいかなかったり、人付き合いが悪くなったりすると、

「私ってダメじゃん。」と自分を責めてしまう。

 

一般的に「調子に乗るな」という言葉は、うまく行っている人に向けた嫉妬として使われる。

けれどボクは、

自分を責めて落ちているときに「調子に乗るな」

と言いたい。

 

 

1 「調子に乗るな」と責める自分に言う大切さ

分を責めるのは、「自分は強い」とおごり高くなっているから。

自分を責めるなんて、調子に乗るな。

 

今朝、自分を責めている自分がいた。

ボクが熱海に来たのは、

お前は自分を責められるほど、「強い人間」なのか?

調子に乗るな。この大きな海を見て、己の弱さを自覚しろ。

と問いただしたかったのだと思う。

 

人が誰かを責めるときは、きまって「傲慢な人間」になっている。

それは、自分を責めているときも同じ。

 

自分が弱い人間であると受け入れれば、自分を責めることや、誰かを責めることなんて、おこがましくてできないはずだから。

他人を責めることを始めれば、

自分を責めることも自動的に始まる。

これもまた、人間の弱さ。

 

先日こんな記事を書きました。

 

ボクは今、ずっと傲慢に生きてきた自分を恥じ、そんな自分の罪を償うために旅をしています。

けど昨日、近しい友人と出会ったことで、甘えて、色んな期待をしてしまい、気づけば彼を責めていました。

 

傲慢な自分が再び、顔を出したのです。

熱海の海に来たのは、なんとなくだけれど、知らない土地の大きな海を前にすれば、自分の弱さを直視できると思ったから。

  • 大きな海の前に、ただ立つことしかできない自分
  • 真っ暗の浜辺で寝る怖さ
  • 海は何も見えなくて、「もし津波が来たら…」と恐怖におそわれる
  • 「一人だ、誰かと話したい。」と思っても、海岸にいるのは自分一人
  • 何かを食べようにも、人に頼るしかない

 

やっぱり1人になって1日過ごしてみると、「調子に乗ってた自分」が、だんだんと素直になってきて、

しまいには「はい、調子に乗ってました。すみませんでした。」って頭を下げてきました。

 

不思議なことに、その瞬間から、優しさがグッとこみ上げてきて、昨日の友人や、生きている全ての人に尊敬の念がわいてきた。

ああ、傲慢さがちょっと溶けたって…..人間の面白さを感じました。

 

2 「調子に乗るな」と自分を戒めつづける

生きていれば、どれだけでも傲慢な自分は出てくる。

だから、その都度「調子に乗るなよ」って自分の身の程を確かめたい。

 

今朝読んだ、教育哲学の本に『人間が、ほかの動物と違うところは「自覚」する力が優れているかだ』って書いてあった。

たしかに、その通りなんだけれど、「傲慢な自分」を自覚することってすごく大変。

 

ボクは「弱い人間」であることを自覚しつづけたいって思う。

 

大金持ちになったとしても、パートナーが何人もできたとしても、世界的な名声を得れたとしても、

「これは、これから何年先も絶対に忘れちゃだめな(忘れたくない)ことだ」って感じる。

 

ボクは「教えること」や「教えられること」がちょっと苦手…

 

「教えて」と言われた場合は教えるし、教えられたときは話は聞くのだけれど、

頼んでも頼まれてもいないのに、身勝手に教えようとするときは、相手を下に見てしまっているからだと思う。

 

そんな自分が現れたときは、「調子に乗るなよ」って傲慢な自分を打ち溶かしたい。

 

それよりも、対等でフラットな関係でいたい。

年齢も性別も、どんな人生をおくってきたかも関係なしに、人と人として話し合える関係。

 

己の身の程を知った謙虚な関係性って、本当に心の支えになるし、すごく美しいものだって思う。

 

3 「調子に乗るな」と伝えるための自然の孤独

旅のボード作った!見かけたら声かけてね!

人はどこまでも調子に乗る。

そんな時は大きな自然で一人で孤独を味わう。

 

瞑想合宿に参加したとき、「俗世間に生きることが一番の修行だ」って言葉をいただいた。

普通に生きてれば、人は傲慢になってしまう。

自分や他人を責めてしまう。

 

そんな時は、大自然の中に、1人静かに身を置いてみることだと思う。

大きな海でも、山の中でもよくて、孤独を感じつづけてみる。

 

自然の中に一人でいると、段々と「自分の弱さ」があらわになってくるのね。

最初はそんな「弱い自分」を認めようとしないんだけれど、それでもそこに身を置き続けてみるの。

それでも、やっぱり何もできない。

 

けれどまだ、「弱い自分」なんて認めたくなくて、自分は受け入れようとしないんだけれど…..

やっぱり大したことはできない。

 

それでもまだ傲慢な自分は、自分が弱いなんて認めたくなくて、もがき苦しむのだけれど、

やっぱり何もできない。

 

こうやって自分との葛藤を繰り返すうちに、人は謙虚になっていって、だんだんと自分の弱さに気づいていくと思う。

入ったことないから分からないけれど、刑務所の服役なんかも、まさにこれじゃないかなって。

 

自然は「癒し」っていうよね。

いっぱんてきに、この「癒し」はリフレッシュの意味でつかわれる。

街の喧騒から離れて、静かな場所で新鮮な空気を吸って開放的になろうって。

 

それも悪くないんだけれど、

本当の自然って、もっと厳しいものである気がする

 

地震とか火山とか津波とか台風とか雷雨とか、どれだけ文明が発達した今でも、人間では自然の力にはかなわない。

ときには、自然を前に命を落としてしまうこともある。

 

そんな計り知れないくらいの自然を前にすると、「調子に乗ってすみませんでした」って言葉しかボクは出てこないんだ。

そして、だからこそ何気ない日常や、身近な大切な人に「ありがとうございます」って言うことができるって思うの。

 

今は伊豆半島の南端に向かって海沿いを走ってる。

大きな海を前にして、そんなことを感じるのでした。

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