麦と兵隊[842/1000]

つめたい秋雨がつづく。カッパを通りこして全身びしょ濡れになる。寒さで感覚がおぼつかない手で包丁を握り、夜明け前の闇にむかってブロッコリーを収穫していく。心が弱気になりそうになるときは「麦と兵隊」を歌う。死地に向かって、道なき道を行軍する兵たちを思えば、自分の置かれている境遇など、困難にも値しないと思える。彼らの国を想う気持ちが、苦しみを押し分けて進む。涙が出そうになるほどの、苦しい、苦しい道を押し分けて進んで行く。私は彼らが押し分けた道を、「すまぬすまぬ」と進んでいくだけだ。

戦友(とも)を背にして 道なき道を

行けば戦野は 夜の雨

すまぬすまぬを背中に聞けば

馬鹿を云うなと また進む

兵の歩みの 頼もしさ

「麦と兵隊」

 

世は豊かさに向かう。それでいいはずなのに、淋しく、悲しい気持ちになるのはどうしてだろう。大勢の戦友を失ってしまったからであろうか。魂が陽の光を浴びることも許されないからだろうか。死に場所を失った亡霊が哭いているからであろうか。孤独がどんなに深まっても、おれは「麦と兵隊」に連なっていく。それがおれたちの約束だからだ。

 

2024.10.9