麦と兵隊[842/1000]
つめたい秋雨がつづく。カッパを通りこして全身びしょ濡れになる。寒さで感覚がおぼつかない手で包丁を握り、夜明け前の闇にむかってブロッコリーを収穫していく。心が弱気になりそうになるときは「麦と兵隊」を歌う。死地に向かって、道…
つめたい秋雨がつづく。カッパを通りこして全身びしょ濡れになる。寒さで感覚がおぼつかない手で包丁を握り、夜明け前の闇にむかってブロッコリーを収穫していく。心が弱気になりそうになるときは「麦と兵隊」を歌う。死地に向かって、道…
学校における、子どもの高貴とは何だ。先生に言われたことに素直に従うことか。不平不満を垂らしながら反発することか。世界の不条理に直面したとき、愚痴をこぼしたくなるのは大人になっても同じだ。だが、表面上は真っすぐ従いながらも…
森の小屋づくりをはじめた。遣り方といって、小屋を建てる外周に杭を打ち込み、バケツとホースを使って水平を出し、貫板を張って、水糸で直角を出した。これにより、傾斜のある森の一角に、うつくしい水平面が誕生した。 一つの点を基準…
冷たい秋雨に打たれながら、闇に潜ってブロッコリーを穫っている。手が冷たくて痺れる。服が下まで濡れて、身体が芯から冷えている。セテムブリーニ氏だったら、これを人間の屈辱だと憤るだろう。身体が冷えてどうしようもなくなると泣け…
人から借りたものはちゃんと返すことを子供のころに教わる。落し物は交番に届けることを子供のころに教わる。人様のものは人様のもとへ。神様のものは神様のもとへ。こうした信義誠実な国民性が、目に見えない恩の貸し借りの、文化の礎と…
死にたいかと問われ、死にたいと答える者などいるものか。生きたい。生きたいが、死んで救われるものもあるということだ。国のために散っていった特攻青年たちは生きたいと強く願っただろう。そうでなくては。家族を愛し、この世のすべて…
行動の結末に生があるとき、人間は虚無に堕ちる。生きとし生けるものにとって、現在の行動のはるか彼方に据えられた結末は死であるが、生の舞台の光が眩しくなるにつれ、現在の行動は死と一直線に繋がらなくなる。80歳、90歳まで生き…
道徳家を嘲る。だが、無道徳な人間は嘲るにも値しない。太陽と月の気まぐれで、いつの日か道徳は破れるときがくる。地獄に堕ち、罪に窶れ死ぬ。魂の雄たけびに肉体は耐えられるか。だが、小賢しい悪徳を重ねるくらいなら、揶揄されし道徳…
森の木を伐採して空き地をつくった。小屋の設計と見積もりもした。いよいよ家を建てる準備が整った。今度は10年、20年住める小屋にしたい。去年つくった小屋は掘っ立て小屋だった。簡素ないい小屋になったが、いかんせん、すきま風が…
世話になる農家で、野良着の婆ちゃんが毎日働いている。土日休みや定年退職ような企業概念はなく、働くことは生きることと同義であるように見える。働くことは当たり前、働くことが生きること。無論、そこに顔を歪めたくなるような奴隷的…