眠れない夜は、盛大な夜更かしを。[456/100]

健康のためには、しっかり食べなきゃいけないとか、ちゃんと寝なければいけないと思い込んでいる人は多い。しかし、腹が減ったら食べる、眠くなったら寝るという基本ルールに忠実となれば、腹が減らなければ食べなくてもよく、眠たくなければ寝ないほうがかえって健康となる。食べることも寝ることも、生命と宇宙間で行うエネルギー交換の儀にほかならず、その合図はいつも肉体をつうじて送られるので、その日その日によってさまざまである。

 

私は健康のために生きてるわけではないが、教員のときに3時間睡眠で身体を壊したことに起因してか、眠ることにかんしてだけは、1日8時間ちゃんと寝なければいけないと強く思い込み、数年にわたって早寝早起きの8時間睡眠で生きてきた。しかし、お世辞にも私は健康だったとはいえず、鬱にもなっているし、この数年間一度も快眠できたことがなかったのである。夜中に目が覚めるのは一度や二度ならず、朝もぱっとしない感じで、鬱のときはむしろ、最悪な気分で朝をむかえていた。

これが先日、BTM作戦(Break the moral)と題し、早寝早起きをやめ、盛大に夜更かしをしてみると、すこぶる調子がよくなった。快眠とは、エネルギーが空っぽの状態で眠るときに訪れるもので、余剰分のエネルギーのよって眠りは妨げられる。おなじように、断食後の重湯ほど美味い食べ物はなく、美食ならぬ快食とは、エネルギーが空っぽの状態に味わえるものである。

 

食事も睡眠もあくまで、生命が宇宙からエネルギーを取り入れる儀であるので、エネルギーが余っている状態では、オーバーフローする。これは私の持論であるが、病気(生活習慣病)はすべて、エネルギーの不足から生じるか、オーバーフローしたエネルギーが悪さをして生じているものだと思っている。宇宙にはエネルギー保存の法則があり、労働によって使われなかったエネルギーは、宇宙にも還れず、体内で帳尻をあわせなければいけなくなるのだ。

腹が減れば食う、眠ければ寝るという基本ルールに忠実に生きている人間に過不足は生じないが、野性動物でないかぎりむずかしく、文明人であれば、社会の動きにあわせる必要があり、習慣によって食べる時間を決めたり、寝ることを決めている。先にも書いたとおり、その日その日によって生命のエネルギーの消化具合はちがうのだから、「1日何時間睡眠がいい」とか「1日何食がいい」とかは、断言することができない。ここのところは、科学の弱点である。研究によって、客観的な数値が示されても、個体のエネルギーの使い方によって、まったく合わないこともある。

 

だから、元気になるには、ちゃんと食って、ちゃんと寝ろとも一概にいえない。エネルギーが体内に余っている状態なら、食うな、盛大に夜更かししろといいたいが、食うことによる精神的回復を考慮すると、元を断ち切るより、エネルギーを使いきる方向で考えた方がいいかもしれない。エネルギーを何に注ぐかという点は、どう生きるかに直結する。日本人にとっては、労働に注ぐのがいちばん性にあっていると思う。完全な想像だけれど、汗水たらして畑を耕し、ヘロヘロになって晩飯に窯の米を食っていた江戸の百姓は、ここのところのバランスがすごくよかったんじゃないかな。そんな爽やかな想像をする。エネルギーを使いきると爽やかで爽快なのだ。

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