母の日にカーネーションの花をおくったこともなければ、父の日にネクタイをプレゼントしたこともない。誕生におめでとうと伝えたこともなければ、初任給で旅行に見送ってやったこともない。
私の記憶にある最後の親孝行らしきものは、小学生のころにつくった肩たたき券を父にあげたくらいのことで、それ以来、親孝行らしい親孝行はどうも、気恥ずかしさが勝って、なにひとつしないまま、今日まできてしまった。
父母への恩は、もはや返済不能というまでに積みあがる(この世に授かった「命」をどう返済できよう?)。それでも、この期に及んで、親から金を借りて、金のない今をなんとか生きのびている。天に泣きつくか、親に泣きつくか。どちらに転んでも、堕ちた人間であることは承知であったが、天に泣きつき、親に恥をかかせるくらいであれば、親に泣きつくほうが、まだ健全であるように思われた。少なくとも、恥をかくのは、私だけだ。
到底、情けないことは、筆舌に尽くしがたい。だが、この後にはひけない恥があるからこそ、この毎日を本気で生きなければという気概も生まれる。金が尽きたことによって、心に潜んでいた最後の迷いがなくなったように思う。
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どうか己を死なせてくれ。間違っても、同情などして甘やかさないでくれ。返済不能とまでなった親への恩を唯一、返す方法。それは己自身が、人間として誇りに向かって生きることしかない。授かった生命をまっとうするしかない。幸福よりも、大きな生命と魂の歓喜を掴むしかない。
子の幸福を喜ばぬ母はいないと思うが、親に恥じぬ生き方をし、結果、不幸になろうとも、与えてもらった生命を燃焼させることのほうが、私にはずっと親孝行に思える。
しかし、生命をなげうつといっても、母より先に死ぬ事だけは、どうしても許せない。太宰治の斜陽の一節がいつも思い出される。
人間は、自由に生きる権利を持っていると同様に、いつでも勝手に死ねる権利も持っているのだけれども、しかし「母」の生きているあいだは、その死の権利は留保されなければならないと僕は考えているんです。それは同時に、「母」をも殺してしまう事になるのですから。
私は生きることも死ぬことも「権利」とまでは考えたことがないけれど、いつの日か、母と子はつながっている一存在であると、考えたことがあった。子が死ねば、母が悲しむのは血のつながりのある一個体の死以上に、もっと大きな部分での宇宙に共有している大きなものに亀裂を生むからかもしれない。
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実は、そんな母が、電気の使えない私を憐れんで、バッテリーを買ってやってきた。なかなか金のかかりそうなものであったが、私は母の気持ちを退けるしかなかった。パソコンが使えず、草枕月記に投稿できない日々がつづくが、むしろ今の私にとっては、一切の甘えも弱さも断ち切っておいたほうが、恩を返せるような思いがしたのだ。
人間、とりわけ、燃焼する生命とは、深い海をどんどん潜っていくものだ。それを心配する傍観者は、帰ってこられなくなることが心配で、潜水者に浮きをつけようとする。しかし、潜水者にとっては、浮きはむしろ邪魔なものであり、沈むことの妨げとなり、海中で窒息するすることにもなりうる。
私はあまりに多くの浮きを身に纏いすぎていた。ようやくそれらの浮きがはがされて、私は身軽になりつつある。身一つで命をかけて潜っていく。つまり、海中に潜ることこそ、下降する魂の欲するところだ。
【書物の海 #27】ぼくは猟師になった, 千松信也
「千松、もし獲物がかかったらなあ、絶対に山の下手から近づいたらあかんぞ。特にイノシシやったら向かってくるし、その勢いでワイヤー切ってまうこともあるからな。絶対に上手から近づくことや。あと、固い木をノコギリで切って、それでどついて動かんようにするんやで。シカなら後頭部、イノシシやったら眉間やからな。」
不倫をし、世の中から叩かれ、山奥で一人猟師となった孤独な男が、猟師のきっかけとなった本ということで、この機会に手にした。正直にいえば、猟師の伝統精神に触れたかったのだけれど、著書のタイトルからしても、それをこの本に求めるのは筋違いだった。
その代わり、罠にかかった鹿やイノシシとの手に汗握る格闘が生々しいほど伝わってきて、生きた血のにおいを感じられる本だった。まさに読んでいる私も血が高ぶった。
2023.10.30
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