冬至から一月ばかり経ち、段々と日の長さを感じられるようになってきた。まだ朝晩は氷点下と冷え込むが、日中はプラスに転じる日も増えてきて、薄っすらとであるが、春の兆しを感じられるようになってきた。日中の暖かい陽の下で動いていると、身体がポカポカしてきて、心が躍るようである。思えば冬至、一年で日が最も短くなったとき、生命は暗いものに覆われていた。太陽なくして生き延びる命はない。冬至は、太陽から最も遠ざかるゆえ、生命が最も死に近づく日である。それが、冬が高貴な季節である所以であった。
同じ冬でも、冬至から一ヵ月も経てば、随分と感じ方は変わる。宇宙を束ねる偉大な存在の、おおきな呼吸に合わせて、山も川も大地も草木も、一斉に息を吐きはじめる。吹く風は生きる方へ、明るい方角へ、生きとし生ける者を軽やかに運んでゆく。人は再び日常へ。膨張へ、香りへ。生活へ、夢へ、光へ。希望へと運ばれてゆく。
なんだか少し寂しい気持ちもある。私のような怠惰とも、根暗ともいえる人間は、昼よりも夜を愉しみたいものなのだ。とりわけ今年の冬は、ずっと家をつくっており、月に酔い痴れる暇もなかった。労働のために肌はよく焼け、身体は筋肉で締めつけられている。詩や芸術とは、縁のない過ごし方となった。
だが、いくら日が短かろう長かろう、昼と夜は交互に訪れるのだから、永遠は絶えず生活のなかにあることを確と覚えておこう。家づくりも残すところ、正面の窓とドアだけとなった。春は近い。世界は希望に向かえ。
2025.1.23