誰の役にも立てていないと感じているとき[38/1000]

諏訪湖の朝。天気は雨。気分もブルー。

1000日投稿38日目にして、こんなこと続けて意味があるのかな、と弱気になる自分がいる。実はこれまでにも何回もそんな自分に遭遇してきた。

 

意味を見つけたくなると、ブログの読者数を確認する。数字でいい。何かしら実感を得たくて、見えるものにしがみつきたくなる。

数字を見て私はいつも落胆する。同時に、見えるものしか信じられなくなっている自分の弱さを目の当たりにして、さらに虚しくなる。

今朝もそんな不毛な茶番をしてしまった。

 

 

こうして毎日、言葉を書いているのは、言葉を書くことが好きだからだ。もちろん、人に読んでもらえたら嬉しい。

しかし評価されるか、評価されないか以前に、自分が毎日好きなことをすることに意味があったはずだ。

 

好きなことを毎日すれば、毎日は”好き”で埋まっていく。嫌いなことを毎日すれば、毎日は”嫌い”で埋まっていく。

好きなことが続く毎日は楽しいし、嫌いなことが続く毎日は苦しい。難しく考えずとも、とてもシンプルな理屈だ。

 

 

社会には、好きなことを毎日続ける人よりも、嫌いなことを毎日続ける人のほうが多い。

好きなことはお金にならない。お金にならないことは、生活の中心に置いちゃいけないと信じられているからだ。

 

私はいま、お金にならないことを生活の中心に置いてる。たくさんの人に感謝されているわけでも、たくさんの人に認知されているわけでもない。

 

評価されていないということは、人の役に立てていないということだし、認知されていないということは、人気がないということだ。

私は人様の役に大いに立てているわけでも、人気があるわけでもない。

 

 

そう思うと、とても悲しくなるけれど、少なくとも自分の役には立てているなと思う。自分が今ここに生きている感覚がある。

人気はないかもしれないが、私は私の一番のファンでいられている。

 

誰かに心からありがとうと言ってもらえる経験は、涙が出るほど嬉しい。

そんな経験を人生の中でたくさんしたいと思う。

 

しかし、今、誰にもありがとうと言ってもらえず、誰の役にも立てていないと感じるなら、自分が自分に「ありがとう」と伝えるしかないじゃないか。

誰も自分のことを知らないように感じても、自分のことを一番に知ってくれている自分が一番そばにいる。そんな自分に「俺の背中を見ててくれよ」って尽くすしかないじゃないか。

 

自分のために生きてるんだから、もっと自分で労ってやろう。

人のためになったら、もっと嬉しいから、もっと頑張ろう。

 

私は、こうして好き気ままに書いてるけれど、これを読んでる地球上のどこかの誰かの心に、少しでもひっかかるものがあったら、涙が出るほど嬉しいぜ!

今日はなんだかブルーな気持ちから始まっちゃったけど、湿っぽいのもこんくらいにして、楽しく生きようかな!

 

じゃ、今日はこの辺りで!

今日を生きる勇敢な自分に敬礼して!陽の目を浴びないところでも頑張ってる自分に感謝して!今日を精一杯生きた自分を労って!

あはは(笑)私もあなたも最高だ!また明日!ばいばい!

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森の中に瞑想小屋を建て、家を開放するのが直近にやりたいことです。

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