眩しい光のなかにいると、自分の輪郭がその明るさに溶けて消えてしまいそうになる。影のなかに一歩退いて、静かに沈黙を守ることでしか魂の火を保てない。
いつだったか。昔、友人の結婚式に参加したときに、場の空気に耐えられず会場を抜け出したことがある。赤心がないわけではない。幸せになれよと、何度も涙した。だが、おめでとうと声高に言えない。花びらを投げられない。多数のゲストが盛り上がるほど私の心は深く沈黙する。
以後、私は結婚式のような華やかな場には不向きな存在だと自分を認めるようになった。結婚式に相応しい態度が振る舞えない。祝いの言葉を並べ立てることができない。私は次第に、自分には弔いの場の方が性に合っているのだと思うようになった。弔事の場なら、きっと私は誰よりも慎み深い態度が取れるだろう。これが眩しい世界に耐えんとする魂の呻きであった。
こんな私が、結婚式の招待を事あるごとに断るのは自然な成り行きであった。参列したところで華々しい雰囲気に水を刺すだけである。無論、それほどの間柄でなかったと言えばそれまでだ。
だが、今度の式だけはどうしても参列したかった。そうして東京に足を運んだ。あの頃から一変し、決して場にふさわしい態度が取れたわけではない。相変わらず、社交性は無きに等しく、同じテーブルの人間とは気の利いた会話を交わすこともできなかった。話しかけられたら返す。それだけが精一杯である。
私は黙々と料理を口に運び、黙々と話に耳を傾け、しかるべき機会に拍手した。スマホを掲げ、幸福を記録に残そうとする人々のなかで、私は両手を膝の上に置き、静かにその場に沈んでいた。
誠に、結婚とは至上の親孝行だなと思った。結婚しない人も増えている今日だからこそ、なおさらそう言える。友が母親に花束を渡す瞬間、私は自己を彼に投影し、彼の母親に自分の母親を重ねた。いや、自分の意思とは無関係に、自ずと重なったと言ってもいい。「もう一人の自分」とも言えるような、それだけの深い共感を私は友に抱えていた。
私の胸には熱く迫り来るものがあった。母に渡す花束は、深い愛情無くしては到底支えきれぬ、数えきれない苦労に報いるものである。友の母親の表情を忘れられない。軽々しく涙は流さない。涙を流さぬ表情は、流せなかった無数の涙の結晶であり、耐え抜いてきた時間の堆積そのもののようだった。私は母親の孤独に触れた気がした。その圧倒的な人間の重さを前に苦しくなった。
俺は母を安堵させることを夢に見ている。道を踏み外し、家もなく放浪し、定職なく生きてきたこの愚息も、どうにか家庭を持ったのだ。育て方は間違っていなかったのだ、と。親というものは、自分が死んだあとも、この子はちゃんと生きていけるのだろうかという不安を抱えているのかもしれない。結婚はその不安への大きな返答になる。
畑で一介の奉公人として働く私には、夢のまた夢かもしれない。だがもし、そんな瞬間が訪れ、母親に花束を渡す日があるとすれば。私はただ、その幸福に拝跪するほかない。




