自己中心性からの脱却について②[235/1000]
自己中心性からの脱却は、魂を懇願する現代人にとって大きな苦悩である。人に好かれたい、幸せになりたい、美味しいものを食べたい。こういった価値観が社会で認められ、メディアを通して日常化されるにつれ、生は水平化の一途をたどり、…
自己中心性からの脱却は、魂を懇願する現代人にとって大きな苦悩である。人に好かれたい、幸せになりたい、美味しいものを食べたい。こういった価値観が社会で認められ、メディアを通して日常化されるにつれ、生は水平化の一途をたどり、…
自己中心性からの脱却は、魂を懇願する現代人にとって大きな苦悩である。人に好かれたい、幸せになりたい、美味しいものを食べたい、楽しい思いをしたい。こういった価値観が当たり前のものだと社会で認められ、メディアを通して日常化さ…
わたしよりも父や母を愛する者は、わたしにふさわしくない。わたしよりも息子や娘を愛する者も、わたしにふさわしくない。また、自分の十字架を担ってわたしに従わない者は、わたしにふさわしくない。自分の命を得ようとする者は、それを…
「もらとりずむ」というブログ名でかれこれ5年近くやってきたが、この度「草枕月記 -くさまくらつき-」と改号することにした。 何者でもない私の思想など、読み手にとっては問題とされないかもしれないが、せっかく縁をいただいた数…
主に仕える武士が切腹を命じられて、可哀想だと感じるのは、現代人の自分中心主義に偏った感覚である。 恩を感ずる人間に忠義を尽くすことは人間の美学であり誇りであり命の賞賛である。 その精神の下ではやりたいことや好きなことを仕…
互いへの要求は束縛を生み、束縛は責任を生み、責任は人を行動に駆り立て、行動は人を強くする。束縛のない関係は自由なのではなく、希薄なのである。 見返りを求め、求められる関係に、血の通った温かさを感じる。むしろそんな関係にし…
望まない生き方を深淵より見つめることしかできない魂は、尊厳を踏みにじられているような恥辱であった。恥辱を恥辱だと感じさせず、恥や卑しさも肯定してしまう風潮が、魂が救済されにくくなる理由を作り出している。 命をもって今日生…
現世を突っ切っていく。現世に堕ちれば便利なものに魂を飲み込まれる。便利じゃなくてもいい。普遍・不変の価値を追求する生き方をずっとしたかったのだ。便利なものに囚われた魂を解放すると、本当に清々しい気持ちになる。物に魂を奪わ…
現世を突っ切っていく。現世に堕ちれば便利なものに魂を飲み込まれる。便利じゃなくてもいい。普遍・不変の価値を追求する生き方をずっとしたかったのだ。便利なものに囚われた魂を解放すると、本当に清々しい気持ちになる。物に魂を奪わ…
生きることを問えば、人間に生まれた意味を問う。人間に生まれた意味を問えば、魂を問う。魂を問えば、宇宙を問う。宇宙を問えば、その美しさを知る。美しさが何千年もの月日を経て具現化されたものが文化だと知る。日本の文化を知れば、…