プロフィール

 

私はただ、愛であふれた世界が見たい

人を愛し、人に愛され、人を抱擁し、人に抱擁されたい。

弱い人間だから、人と繋がり、温もりを感じたい。

 

私はただ、人間らしく生きたい。

悲しみに暮れることがあってもいい。

思いっきり落ち込むことや、気分がどん底に沈むことがあってもいい。

弱っちい人間なりに、地を這いつくばりながら、もがいて前に進みたい。

 

私はただ、叫びたい。

「これが俺の命だ」って。

「これが俺の生き方だ」って。

「俺はいま生きてる」って。

 

皆、無限の可能性がある。

皆、自分の足で前に向かって歩める力がある

皆、自分でも気づいていないような想いを秘めている。

皆、自分を大切に、愛に生きることのできる

 

私はそう信じている、「一人の人間」です。

今は、旅をしています。よかったら、動画もどうぞ。

【東南アジア一周の動画】

【日本編の動画】

 

 

生立ちに、興味のある方はこちらをどうぞ。

1. 虚無期
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ボクはとにかく自分に自信がありませんでした。

いわゆる、“自分が無い”状態です。
自分が何が好きなのかも、何がやりたいのかも分かりませんでした。

「自分」という身体に確かに触ることができるけど、
まるで生きてる実感がなかったです。

 

厳しいテニスの環境にどっぷり浸かって生きてきたボクは、
怒られないために自分の気持ちを押し殺す生き方を選ぶことにしたのです。

全国大会には行けたものの、大学に入るころには生きながら死んでいる状態でした。

2. 好転期

Ball drop @Times Square in 2014

大学生になっても常に虚無感を感じていた僕でしたが、
幸運なことに、人生の転機を得ました。

 

“アメリカへの交換留学”です。

 

感じる力が弱っていたボクは、
「海外」という言葉に救いを求めたのでしょう。

これが、ボクの人生の中で初めて自分で下した決断でした。

 

それからは、交換留学生の権利を得るために、
半年間毎日10時間以上、図書館にこもって英語の勉強をしました。

 

アメリカでは、これまで失われていた分の心も取り戻すかのように
気持ちに素直な生活を送りました。

その中で、自分の本当の声に耳を傾けて生きる大切さを学んでいったのです。

3. 迷走期

旅中に善光寺(in長野)で仲良くなったおばあちゃん達と

ただ、人は簡単には変わらないもの。

過去の傷は残ったままだったボクは、
“自分”を表現しきれていない違和感をずっと抱えておりました。

それは、「もう傷つきたくない」という恐怖心でした。

 

旅をしたり、就活で自分と向き合うなかで
自分が自分に課してる縛りを少しずつ緩めていきました。

2年くらいかけて、自分の弱みを人に見せられるようになり、
自分がどんな生き方をしたくて、どこへ向かいたいのか徐々に分かるようになりました。

4. 冒険期

自転車の旅(岐阜~姫路)2日半でケツ痛い(笑)

ボクはヒッチハイクで日本一周をしました。
250台くらいの運転手さんに乗せてもらい、全国津々浦々、土地を訪れました。

「自分の心の声を行動に移せると、本当に人って変わるものだな」
当時は、そんな風に感じておりました。

 

人の心の発達に関心が高まり、教育の世界に進むことにしました。

Teach For JapanというNPO団体の6期フェローとして
福岡のとある中学校で、英語教員として働きました。

5. 挫折期

勢いよく先生になったものの、
精神的な疲労が積み重なり、わずか4か月でやめることにしました。

それからは、半引きこもりのニートとなり、
アパートの一室で、自分を責め続けました。

 

「これから俺はどうなるんだろう」
これまで描いてきた、人生の構想図が、見事に崩れ落ちてしまいました。

このとき、初めて「絶望」を身体で知ったのです。

6. 人間期

仕事をやめて、1年が経ちました。

車上生活をしながらフリーターをし、東南アジアを旅して、今は人を巡って日本でテント生活をしています。

  • 定職もない
  • 安定した収入もない
  • 社会的に強い立場にもいない
  • 贅沢もできない

 

不思議なものですね。そんな状況でもボクはいま、

自分の人生史上で、最も「自分の命」を感じます。

自分の人生史上で、最も「他人の命」を感じます。

 

人間らしく生きていることに、誇りを持っています。

心から生きてる実感があるのです。

7. 読者さんに伝えたいこと

生きていれば、人は傷を負います。

けれど、そんな痛みは、“人間らしく生きている証“だとボクは思っています。

 

過去の傷を恥ることなく、時には痛みを感じてしっかりと癒し、自分らしく、人間らしく生きよう。

どうかここが、自分を見つめられる居場所になりますように。