自由に生きたい人が、真っ先に見直すべき基本的なことを考えてみた。

もらとり子
ああ~自由に生きたいわ。もっとお金があればなあ
もらとり
番長
ふむ。けど本当にお金があれば自由になれるんだろうか?

 

自由に生きるためには何が必要なのでしょうか?

一般的な答えだと、「お金」があるかないかが、
自由の指標として使われることが多いです。

けど、本当にそうでしょうか。
お金があっても全然楽しそうじゃない人もいますよね。

 

この記事では、精神的に自由な感覚を得るにあたって、
一般的に蔑ろにされがちなこと
を僕個人の見解から紹介しています。

自由ってもっと身近で自然なものだと気付くことができれば、
お金が無くても私生活はもっと充実していきますよ!

 

 

1 自由じゃないは思い込み?

 

 

自由か自由じゃないかって、結局は人の思い込みだと思うんです。

自分が自由だと思えば自由。自由じゃないと思ってるから、自由じゃない。

つまり由じゃないと思っているのはただの錯覚

 

 

え、何言ってるの?と思われるかもしれませんが、
考えてみたら当たり前のことですよ。

 

例えば、今日仕事に行きたくなかったら、
行かない選択をすることもできます。

今日友達に会いに行きたくなったら、
会いに行くことだってできます。

 

僕たちはアテネの奴隷時代に生きてるわけじゃないんです。
だから、身体的なしがらみは一切ない

 

だから、会社に入って自由な感覚を失ってるのは、
自分から手足に鎖を巻きに行っているみたいなものです。

大空を羽ばたいていた鳥が、
自分から鳥かごの中に入っていくようなものです。

 

もともとは自由なはずなのに、自由を失ってしまうことって
なんだかすごくバカバカしくなってきませんか?

 

僕は、人の自由を奪う罠が、
社会のあちこちにあることに辟易しています。

 

2 自由に生きたいけど生きられなくなる理由は?

ちなみに、何で僕たちは自由の感覚を失ってしまうかというと、
やっぱり学校教育の弊害だと思うんです。

 

行きたくなくても、毎日朝の7時過ぎには起きて、
8時半には登校しなきゃいけないですよね。

受けたくなくても
嫌いな国語とか社会とかボイコットできないですよね。

もし行かない選択をしようものなら不登校児扱い、
授業をボイコットすれば、問題児扱い、世間からは“出来損ない”の刻印を押されます。

 

 

いや、意味わかんないですよね?

 

 

別に行かない選択だって本当は出来るんです。

現に、小学校・中学校は、一日も登校しなくても、
ちゃんと卒業できるようになっています。

 

行かなかったら、大学に行けなくなる?

いやいや、高校卒業検定さえ取れば、大学も受験できますし、
現に、小中に行かずに、大学に進学している人もいるんです。

 

これも自由に生きている人は気付いていることですが、僕たちは
義務教育時代からの習慣で、自分自身に鎖を縛り付けることが当たり前になっているのです。

嫌なことも、やりたくないことも、やらなきゃいけない観念の植え付けによって。

 

考えてみてください。

自分自身に鎖を縛り付けるんですよ?

ドMかって話です。

 

3 自由に生きるためにはどうするの?

 

自由に生きるために、まずはこの事実に気付きましょう。

もともと人は自由のはずなのに、自分で自分に手錠をかけているという事実と、

自分から牢屋の中に入っている事実に。

 

 

もしこの感覚が理解できない人は、1回旅に出てみてください。最低10日くらい。

自分で行きたいとこを決めて、食べたいものを食べて、経験したいことをしてみてください。

『人生ってこんなにも自由だし、自分で決めれるんだ』って気づくはずです。

 

 

そんなこと言っても、仕事は辞めれないし….。と思われたあなた、

仕事を辞められない理由はなんでしょう?

  • 人に迷惑がかかるから
  • 人生の黒星
  • ダサいから
  • 世間体
  • 変化が怖い
  • 現状維持バイアス

 

この思考が既に、学校教育や社会の常識の延長の上に囚われたものなのです。

自分で自分を縛ることを辞めない限り、いつまでたっても人は自由にはなれないです。

 

ただ、ミスリーディングを防ぐためにいうと、
この記事は「自由になりたければ仕事を辞めろ」という主張のものではありません。

人生の主体を自分に置くことの大切さこそがこの記事で伝えたいことです。

 

4 人生の主体を自分に置く方法とは?

 

「言ってることは頭では分かったけど、何か腑に落ちないなぁ。」という方は、次の二つを意識してみてください。

  1. 自分で自分を肯定する
  2. 自己実現に踏み出す

 

 

1. 自分で自分を肯定する

自分で自分を肯定できていないと、
常に「こうするべきだ!」「こうであるべきだ。」っていう”べき論”に縛られます。

けど、このべき論は、生まれ育った小さなコミュニティの価値観だったり、
学校教育観がベースになった世間の常識にすぎません。

 

常識だからこうすべき」と考えた時点で、
人は社会のしがらみを抱えて生きることになります。

 

自分で自分を肯定できない?
そんな時はとりあえずこれを読んでみてくれ。


2.自己実現に踏み出す

“こうであるべき論”から解放された後の自分の心を見つめると、
自分の本当の想いが浮き彫りになってきます。

常識のノイズがかき消されると、自分の本当にやりたいことも見えてきます。

 

ノイズを取り除くことができたら、
あとは自分の心に素直になって行動していくだけ。

 

これめちゃくちゃ面白いなと思うんですけど、
自己実現に踏み出すと、人生が旅と全く同じ感覚になるんです。

 

旅は人生の比喩として使われることが多いですが、
本当に本質が同じことに気付きます。

 

もし今の仕事を辞めたら、リスクがあるとか不安定とか言われるかもしれないんですけど、
逆に、『不確実性のない旅なんて面白くないだろ?』って思いませんか?

 

行く先も決まっていて、見るもの食べるもの全てが自分で決めれない旅、
自由じゃない生き方ってそんな生き方です。

 

自己実現に踏み出せば、人生の主体を自分に置くことができます。
それさえ見失わなければ、組織に属していても、束縛感は感じなくなりますよ。

 

5 自由な感覚を保つために定期的に旅に出よう

最後に、普段の生活に流動性を持たせることが、
自由であるという感覚を強める1つの要素だと僕は思っています。

 

しばらく動かさないと、徐々にほこりがたまっていくのと同じで、
環境の悪魔的な力によって、徐々に主体が環境に依存してしまうことがあるかもしれないから。

 

だから、自由な感覚を保つために、定期的な旅をおすすめします。
旅は心にほこりを溜めないためのメンテナンスのようなものです。

旅に出て、自分は自由なんだってこと確認しましょう。

 

6 まとめ

もらとり子
自由かそうでないかって本当に自分次第なのね。今日のポイントはこんな感じかしら?
POINT
  1. 自由じゃないと思っているのはただの錯覚。
  2. 義務教育時代からの習慣で、自分自身に鎖を縛り付けることが当たり前になっている。
  3. まずは、1,2の事実に気付くこと。おすすめは旅に出る。
  4. その上で人生の主体を自分に置く。
  5. 主体を自分に置くためには、①自分を肯定して、②自己実現に踏み出すこと

 

2 件のコメント

  • うどんさん、コメントありがとうございます!
    励みになります。
    旅ほんとうにいいですよ!
    メンテナンスに利用してください!

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    ABOUTこの記事をかいた人

    孤独が大好きで、24時間内省している人間。 「自分」を大切に生きることについて模索し、「自分」を生きることに全うしている1人の挑戦者です。 日々の学びが、誰かのためになればと思ってブログ書いています!