【書評】読書という荒野を読んで、見城徹氏の生き方に影響を受けた。

こんにちは。とむです。

今日は最近読んだ、見城徹さんの「読書という荒野」について感じたことを書きます。

ただ、僕は「ブックレビュー」なんてことが出来るほど、大層な思想家でも読書家でもないので、あくまで1人の人間として、ピュアに感じたことを、自分なりの言葉で書けたらなと思います。

 

 

1 言葉が持つ深みと重み

経営者やビジネスパーソンのなかには、「自分は読書家だ」と自負していても、話にまったく深みのない人がいる。読書を単なる「情報取得の手段」として捉え、ビジネス書や実用書ばかりを読んでいると、こうした状況に陥りがちだ。

人間は「極」をどれだけ経験したかで、度量が決まる。真ん中を歩いている人からは何も生まれてこない。極端を経験してこそ、豊饒な言葉を発することができるのだ。

もらとりペンギン
人間は度量で、言葉の深みが変わってくるということだぴゅい。そう考えると僕はまだ、未熟者だぴゅい。

 

正直に気持ちを吐くと、僕はこの本を読んで心臓がえぐられるように悔しかった。

僭越ながら、自分の経験や思考をシェアしたいと思ってブログを書いてはいるけど、浅い言葉の羅列になってしまっているんじゃないかと思うと、色んな不安が込み上げてきた。

どこからか薄っぺらい情報をかいつまんできたような情報発信メディアにはしたくないと思っていたから、僕自身完全に腑に落ちていないことは書かないようにしていたけど、それでもこの本を読んでいると、言葉の重みが全身にのしかかってきて、思わず気おくれしてしまう。

 

逆に言えばそれくらい、見城さんの言葉には重みがあり、それ故説得力がある。

人の言葉は、その人の人間力の化身のようなものだ。

 

2 読書は、頭で読むんじゃなくて身体で感じるもの。

もらとりマザー
私も見城さんのような言葉に深みを持った度量のある人間になりたいわ。どうしたらいいのかしら?

最近ではあらゆる場所で「教養」の重要性が語られている。しかし、さまざまな情報を知っている人を「教養ある人」だと捉える言説が多いことに、僕は違和感を覚えている。教養とは、単なる情報の羅列ではない。人生や社会に対する深い洞察、言い換えれば「思考する言葉」にほかならない。
だから「たくさん読むことがいいことだ」という風潮にも異を唱えたい。情報の断片を積み重ねるより、そこから何を感じたかのほうが重要だ。

僕が考える読書とは、実生活では経験できない「別の世界」の経験をし、他者への想像力を磨くことだ。重要なのは、「何が書かれているか」ではなく、「自分がどう感じるか」なのである。

読書で学べることに比べたら、一人の人間が一生で経験することなど高が知れている。読書をすることは、実生活では経験できない「別の世界」の経験をし、他者への想像力を磨くことを意味する。本のページをめくればめくるほど、人間の美しさや醜さ、葛藤や悩みが見えてくる。そこには、自分の人生だけでは決して味わえない、豊穣な世界が広がっている。そのなかで人は言葉を獲得していくのだ。

 

言葉に深みを帯びるためには、どうすれば良いか。見城さんは、読書を通じての追体験をすることがその1つの方法だと述べている。頭で文字を理解しようとするんじゃなくて、五感をフルに使って身体で感じるということ。

 

考えてみれば、これは現代人に最も欠けているものなのかもしれない。

SNSや情報キュレーションメディア等、情報が溢れかえる中、大洪水に溺れないように、泳ぐことに必死になっている。

論理や小手先の情報ばかりに心を奪われ、その言葉が持つ生々しい血肉を食いきれていない。これが、見城氏の言う「浅さ」に繋がるのだろう。

もらとりペンギン
見城さんは別の機会に、今の日本人の読書量の低下を懸念していたぴゅい。映画や漫画等の代替娯楽が増えたこの世の中で、腰を据えて読書をするということのハードルは確かに上がってきているぴゅい。

 

3 読書の面白い所とは?

もらとりマザー
読書って深いわねえ。私もスマホゲームの時間を減らして、読書でもしてみようかしら。

見城さんの読書論についてみてきたけど、読書の面白い所は、複数の人が同じ本を読んだとしてもその価値は、個々の感性に依存するということだ。

自殺志願者がある一冊の本との出会いを境に、涙をボロボロと流し、生きる力をもらうこともあれば、別の人にとってはピクリとも心に触れないものある。

つまり、本の価値は、本そのものにあるんじゃなくて、「その人が本からどう感じたか」という所に本質的な価値があるということだ。

もらとりマザー
人によって合う合わないがあるなんて、本って、恋愛みたいなところがあるのね。そう考えると、書店は出会いの場のようなものね♡

 

これは、読書に限らずありとあらゆることに言える。

例えば僕が今こうやって書いているブログも、その価値はブログそのもの備わっているんじゃなくて、今あなたがどう感じているかで決まる。

同じゾウを見るにしても、動物園で見るのと、サバンナで野生のゾウの群れを見るのとでは、人の感じ方は違う。

1000円の高級プリンを食べるにしても、ハバネロを食べた直後、味覚が麻痺してる状態で食してもその価値は味わえない。

全ては、人の感性次第だ。

もらとりペンギン
大事なのは、本そのものではなく、本を読むことでもなく、本を読んでどう感じたかってことだぴゅい。

 

当たり前なんだけど、現代人は、効率を重視して無駄を排除しようとするあまり、こういった感性を蔑ろにしているように感じる。

けどそれでは、見城さんの言うようにいつまでたっても言葉に深みや重みを纏うことは出来ない。(自戒を込めて)

 

4 言葉は人の深みに繋がり、自己実現に導く

ここまで「読書という荒野」について、僕自身が感じたことを纏めてきたが、ここからはこれをどう自己実現に繋げていくか考えていきたい。

言葉の深みがどう私生活に生きていくかだ。

もらとりペンギン
せっかく読書をするなら、深い人間になるだけじゃなくて、自分を実現したいぴゅい!

 

ちなみに、この本の背表紙には、こう書いてある。

読書によって正確な言葉と自己検証はもたらされ、正確な言葉と自己検証によって深い思考が可能になる。

そして深い思考こそが、その人の人生を決める唯一のバックボーンになるのだ。

 

別の角度から、ヒッチハイクで共に日本一周した友達が言語化していたのでそちらも引用する。

残念ながら、現時点での最高のコミュニケーションプロトコルは言語だから。
なぜ残念かというと、言語は語数も限られているので自分の思考の無駄な部分を無理矢理にでも削ぎ落として言語化する必要がある。

だから、言語を上手く使うことが、現時点では自分の思考をメタ認知し、深め、相手にも自分の身体感覚を鮮度そのまま伝えることができ、理解してもらうことができる。=自己実現には必要。

 

嚙み砕いていくと、

人は言葉を通じてしか世界を認識できなくて、自分の可能性を拡げられない。

そして、正確な言葉(深い思考)は、読書から生まれる

ということだ。

 

自分が何かを表現したいとき、10伝えたいことも、言葉で制限されてしまえば、表現の幅も狭くなって、8とか7とかしか伝えられない。

数多の人生を読書で追体験して、欺瞞、葛藤、嫉妬といった人間の本質を、身体感覚として自分自身の血肉にしているか。それが自分の深みになり、人生の深みとなる。

つまり、深い思考を獲得し、自分の可能性を拡げるためには、あなた自身の感性を研ぎ澄ませて、物事を見るしかない。そして、その1つが読書ということだ。

もらとりマザー
これで、読書の仕方が変わりそうね。表層的に本を読むんじゃなくて、著者の言葉選びを楽しみながら読みたいものね。

 

5 人生を追体験できる小説が読みたくなる

本書では、見城さんが人生体験を変えたような小説家もたくさん紹介されている。

具体的に「〇〇の小説家からは、△△を学んだ」とハッキリと言っているところも面白い。

もらとりマザー
人生がうまく立ち回らなくなったとき、ついつい実用書に手を出しちゃうけど、小説を読んでみるのも面白いかもしれないわね。

 

僕自身もこの本を読んだ後、小説を読みたい衝動に駆られて、思わず書店に足を運んでいた。

僕は、小説の面白さもまだまだ分からない未熟者だけど、本書を読んで、小説家の言葉の神秘的な美しさや、独特の世界観に心躍らずにはいられませんでした。

 

本書を読んだら、間違いなく読書欲が出てくると思います。まずは本書から是非読んでみてください。

何度も言うように、本にはにはまたあなただけの感じ方があって、あなただけの発見があるだろうから。

 

6 まとめ

  • 人の深みは言葉の深みとして現れる。
  • 言葉の深みは読書の質で決まる。
  • 読書の質は、頭で読むのではなく、身体で感じることで高めることが出来る。
  • 読書を通じて、他人の人生を追体験し、五感で感じることで、あなた自身の血肉となり、言葉の深みに繋がる
  • 読書に限らず、あらゆることの価値は、あなた自身がどのように感じたか次第。
もらとりペンギン
最後に、見城さんは読書だけをすれば、人生に深みが生まれるというわけではなく、「中途半端に生きている人には優れた表現は生まれない」と言っているぴゅい。
もらとりマザー
そうなのね。静かな場所で読書をする時間を持ちつつも、外に出たら果敢に挑戦していきたいわね。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

ABOUTこの記事をかいた人

孤独が大好きで、24時間内省している人間。 「自分」を大切に生きることについて模索し、「自分」を生きることに全うしている1人の挑戦者です。 日々の学びが、誰かのためになればと思ってブログ書いています!