非を認める生き方のほうが100倍自分を大切にできる理由

とむです。以前と比べたら、少しずつ正直に生きることができてます。

 

非を認めることができないのって、「なんかすごく生き辛そうだな~」って思います。

それにダサい!

 

自分を大切にすることができない上に、ダサいのだから、本当にいいことがない。

とむ
過去の自分がそうだったこともあるので余計にそう感じます

 

非を認める生き方って、弱い自分を受け入れて前に進んでいく生き方です。

だから、非を認めてしまったほうが、自分を大切にできます。

 

ここでは

  • 非を認めることができないことの何がいけないか
  • 非を認めるにはどうすればいいか

を深ぼってみていきます。

 

 

1 非を認めることが難しい理由

自分の非を認めるのが難しいのは、非を認めてしまうと

  • 自分の不完全性が明らかになるし
  • 自分の行いの責任を持たないといけない

からです。

 

つまり

  • 自分の弱さを直視できる強さもなければ
  • 自分の弱さを受け入れて前に進める強さもない

ということです。

 

ひと昔前に、話題になった日本大学アメフト部の悪質タックスは記憶に新しいですね。

この事件を簡単に説明すると

  1. 監督が学生に「相手選手を故意にケガをさせる」指示をして
  2. 指示を無視したらレギュラーから外されることを恐れた学生は、相手選手に悪質タックルをした

というもの。

ちなみに、この事件で相手選手は1プレー目で負傷、タックルをした日大生は当然退場処分になりました。

 

本当に胸が痛む事件です。

 

加害者になった日大生は、理不尽な監督のもとの、身体を酷使した練習で、心身ボロボロで、

事の善悪をまともに判断できないくらい、疲弊していたのではないかと推測できます。

 

 

さて、話を戻すと、この時の監督とタックルをした学生の対応は、正反対のものでした。

監督→自分の非を認めない

学生→自分の非を認める

 

会見にもどうどうと姿をあらわして、メディアを前に自分のしてしまったことを認める、学生にはネットで称賛の声が上がりました。

逆に、自分の非を認めずに、メディアにも一切顔を出さなかった、監督は猛バッシングをくらいました。

 

監督が自分の非を認めることをしなかったのは、弱かったからです。

自分の非を認めた先に、起こりうる未来を受け入れることができなかったのです。

 

2 自分の非を認めることができないことの何が悪いか

2.1 自分を信用できなくなる

自分の非を認めないと、自分を信用できなくなります。

本当は分かっているからです。

  • 自分がしたことも
  • 自分が悪いことも

 

 

もし本当に、自分が悪くないと思うのなら、自分の非をわざわざ認めなくてもいいでしょう。

その時は、自分の非を認めるよりも、自分の考えをしっかり伝えるほうが自分を大切にできます。

 

けれど、日大の監督のように、自分のしたことが、自分の正義に反するとわかっているにもかかわらず、非を認めなければ、確実に自分を信用できなくなります。

 

2.2 成長が止まる

当たり前だけど、成長も止まります。

自分の非には、「自分が克服すべき心の弱さ」が隠れているからです。

 

だから、非を認めることができなければ、そんな心の弱さにいつまでもフタをすることになります。

今回の、タックルをしてしまった日大学生は、将来が楽しみじゃないですか?

 

彼は、名前と顔を日本中に知らしめてしまったのですが、彼が自分の非を認めたことは、彼自身の人生史の中で間違いなく変革点になるはずです。

 

2.3 超ダサい

何よりも、自分の非を認めることができない生き方って、純粋にダサい

確かに、非を認めなくても、その場は逃げられるのかもしれないけど、まったく潔くないですよね。

 

年齢を重ねれば重ねるほど、自分の非を認めることって難しくなるのかもしれません。

これまでの、生きてきた自分や、自分の人生を否定されかねないから。

 

けれど、年齢なんて関係ない。

自分の非を認めることができない頑固者のオヤジよりも、自分の非を認めて正直に等身大に生きる人になりたいと思う。

 

それが自分にとって、正直な生き方だから。

 

3 自分の非を認めることは「負け」じゃなくて「勝ち」

非を認めることが難しいと感じている人は

  • 「非を認める=負け」から
  • 「非を認める=勝ち」に

考え方を変えてみてください。

 

謝ったら負け、みたいな風潮がありますけど、これどうなんですかね。

非を認めたら、すかさず攻撃してくる人って、自分を守るために必死になってるだけなのです。

 

自分の非を認めれなければ

  • 相手との「闘い」には勝てるかもしれませんが
  • 自分との「闘い」には負けています

 

自分の非を認めれば

  • もしかしたら相手にマウントを取られるかもしれませんが
  • 「自分」は確実に大切にできます

 

だったら、自分の非を認めてしまったほうが、よっぽどあなたの人生にとっても有益ですよね。

 

とむ
潔く認めて、素直に謝っちゃったほうが、100倍生きやすくなる

 

4 非を認めること=自分を卑下することではない

ここまで「非を認める生き方のほうが生きやすいよ」ってことを伝えてきたんだけど

勘違いしないでほしいことが

非を認めることは、自分を卑下することではないよ

ということ

 

非を認めるっていうと、「こんなことをしてしまった自分はダメな人間だ」とか「なんて自分は愚かなんだ」とか、一緒に考えてしまいがちですが、

 

それは全然ちがいますよ!

 

非を認めると、周りから攻撃されてしまうから、そう感じてしまいがちですが、

それはあくまで

行為に言及するもので

あなたの性質に言及するものではない

からです。

 

むしろ、「自分がパワーアップした」、「非を認めた自分は、なんて誠実なんだ」くらいに思いましょう。

事実、そうなのですから!

 

5 まとめ

この記事でお伝えしたかったことは次の3つです。

  1. 非を認めることは難しいけど、非を認めないよりもカッコイイよ!
  2. 非を認めることは難しいけど、有益な生き方だよ!
  3. 非を認めることは難しいけど、自分を大切にできるよ!

 

まあ減るものでもないし、どんどん非を認めちゃいましょ。

そのほうが自分を大切にできますし。

 

ではっ!

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ABOUTこの記事をかいた人

孤独が大好きで、24時間内省している人間。 「自分」を大切に生きることについて模索し、「自分」を生きることに全うしている1人の挑戦者です。 日々の学びが、誰かのためになればと思ってブログ書いています!